人生と冤罪と下剋上#008
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前回からかなり間が開いてしまいましたが、、、今回は私達が立てたケースセオリーについて。
と、その前にケースセオリーとはなんぞやというと、一言で言えば【無罪になるべき筋書き】ということになる。検察官が提示してきた有罪となるべき理由としての関連証拠に対してのこちらの反証ストーリーということだ。
民事裁判では双方立証が求められるが、刑事裁判においては検察官が一切の挙証(立証)責任を負い、被告人及び弁護人は立証活動をする必要が無く、検察官が立証しようとする事実について、【合理的疑いを相容れない程の高度な蓋然性を持った証明】を検察官が出来ていなければ被告人を無罪としなければならない【よく、疑わしきは罰せず、とか、疑わしきは被告人の利益に、とかいうのはこのことを指す】というのが建前上の刑事裁判の大原則だが、この大原則は形骸化しており、実際にはこちらが真犯人を法廷に引っ張ってくるとか、100%自分が無罪になる明らかな証拠を自分で用意しなければ確実に有罪になるようになっているのが現在の刑事裁判である。
さて、私達はケースセオリーを構築するにあたって再び開示されている証拠についてつぶさに検討を始めるとともに、期日間整理手続きにおいて争点を整理していく中で、類型証拠開示請求、主張関連証拠開示請求などをし、幅広く証拠の開示を求めた。
あまり知られていないが、検察官請求証拠というのは検察にとって有利、即ち有罪にするためのものしか出してこない。法廷に出てくるのは少ないもので30号証ほど、多いものは100号証以上となる。私の場合はおよそ70号証ほどだったと思う。しかし、これはほんの氷山の一角。検察官が立証にさほど役に立たない、あるいはこの証拠が出てきてしまえば検察官の有罪立証がぐらつきかねない、と判断した証拠、つまり不利になりそうな証拠は闇に葬られる。検察官が「そのような証拠は存在しない」と一言言えば弁護人はおろか裁判所も何もできない。簡単な言い方をすれば、検察官が証拠を独り占めしているがゆえに、冤罪はなくならないと言っても過言ではない。
当然、私の場合でもこの証拠があれば検察官の立証は失敗し、無罪にせざるを得ないのではないかという証拠の存在が浮上した。
それは、期日間整理手続きを進めていく中で、検察官及は立証趣旨記載書面というものを出す。それを読んでみると、3件ある事件のうち、連続して起きた2件について、
仮にA、Bビルが現場だとすると、
「Aビル及びBビルは犯行時刻当時一階が施錠されていて侵入することは不可能である。そこで犯人は両ビルと近接するSという無施錠のビルから侵入し、屋上を渡り歩いてAビルでの犯行に及んだものの失敗し、未遂となる。その後犯人はAビルから出た後再びSビルから侵入し、屋上を渡り歩いて次はBビルへ。そしてBビル屋上のプレハブ式の事務所へとガラスを破り侵入し、現金約66000円を窃取した」という主張を提示してきた。
この検察官の主張と、検察官請求証拠を照らしてみて、私も弁護人も、小雨とはいえ雨天の中、かつ、スーツ姿で本当にこのような大胆かつダイナミックな犯行をこなせるのだろうか、という素直な疑問を抱いた。
そこで、私は弁護人に、一度現場に行って調査をしてみてくれないか、と申し出た。これを寺岡は断ったが、押田弁護士は「現地調査は必ずやらなければならない。犯人の行動をトレースすることで矛盾が見つかることは多々ある。そしてこれは刑事裁判における弁護人としての基本中の基本だ」として現地調査を検察官立ち会いの下で行うことになった。私は拘置所にいるので現地には行けなかったが、実際に見てきた押田弁護士いわく、
「頑張ればいけないこともない気はするが、ビルからビルへと渡る際に足を滑らせて落下すれば確実に死亡、かつ、仮に行けたとしても犯人の着衣や手はビルが長期間清掃されていないことでドロだらけだから、びしょびしょになってドロドロになっていなければおかしい」と言う。言われてみれば確かにそうだ。これは実際に現場を見た者にしか分からない。被害現場の写真や、防犯カメラの映像からして、犯人にそのような異常は一切見られない。これは一つの大きな争点になり得ると私達は判断した。
加えて押田弁護士は言った。
「あとね、Sビルの一階にパチンコの景品交換所があって、そこにビルの入口が映るような防犯カメラが一つありました。」と。
この防犯カメラの存在は私達を色めき立たせた。そして、私達は本件が無罪となることを確信したのである。
なぜなら、検察官は被告人がSビルから侵入したのちにA、B、両ビルへと侵入し、犯行に及んだという立証趣旨を示している。しかも、Sビルから侵入したのは少なくとも2回ということになる。だとすれば、Sビルの一階出入口を映す防犯カメラがあるのなら、まさにSビルから犯人が侵入する様子が映っていなければならない。ということになる。しかし、検察官請求証拠にはSビルに関係する証拠は一つとして出てきていない。それは何故か。
【検察官にとって不都合だからだ】
私は紛れもない無実。仮に私が犯人だとするならば私がSビル一階から侵入する様子がはっきりと映っていなければならない。しかし検察官はこれに関連する証拠を一切出そうとしない。すると、考えられるのは2つ。
一つは、Sビルから侵入する犯人の姿は確実に捉えられているが、それは私とは全くの別人であるということ。つまり防犯カメラに映っていたのは真犯人で、私ではなかったから検察官はこの映像を揉み消したということ。
二つは、そもそもSビルから侵入した者は誰もいなかった、つまり防犯カメラには何者かが侵入した様子は一切記録されていなかったということである。そうすると、検察官のSビルから侵入して云々という立証は崩れるとともに、検察官自らがAビル、Bビルは施錠されているから、被告人は両ビルの関係者ではないし、被告人が両ビルから侵入することは不可能、と断定しているので、私が犯人であるとの結論にはなり得ない。
いずれにせよ、Sビルの映像があろうがなかろうが検察官の立証は大きくぐらつくことになることは疑いようがなかった。これを合理的疑いと言わずしてなんと言うのか。押田弁護士も、「さすがにこの事実を突きつけられたら無罪にするしかないし、無罪にしなければならない」と述べていた。
しかし焦りは禁物。私達は時間をかけてゆっくりと検察官を追い込んでいった。
期日間整理手続きの中で、現地調査を行った結果、Sビルの防犯カメラを発見し、弁護士法23条に基づきSビルに照会をかけた結果、
事件当時からその防犯カメラは間違いなく稼働し、映像は14日間保存されることを突き止めた。だから、Sビルの映像は間違いなく捜査機関が持っているから速やかに開示されたい。という書面を提出した。しかしながら検察官は数ヶ月にわたって、
「今警察に問い合わせている」
「私の手元には来ていない」
「現在捜索中である」
「警察からの回答を待っている」
と、逃げに逃げ続けた。野澤晃裁判官もさすがに不審に思ったのか、「検察官がそのような趣旨で立証されるのであればこの証拠がないというのはおかしいですよね?あるなら早く出しなさい」と検察官に促していたが、結果として検察官の回答は、
「検察庁、警察署いずれにもそのような証拠は存在しない」
とのことだった。
真犯人の可能性を示唆する映像を出すぐらいならいっそなかったことにしてしまえ、ということなのだろう。
そうして私達のケースセオリーは着実に構築されていった。
長くなりましたので2回に分けます🙏🙏