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読めばわかる!才能が無くても勇気を出して発信してる石田寛国の全て

こんにちは!

石田寛国です。
わざわざ見ていただいてありがとうございます。

大した成功や才能がなくても、自分自身に真摯に向き合って生きてきた私の人生について書きました。

4ヶ月前までプロサッカー選手を本気で目指していましたが、
今は「人々が自分の人生に胸を張って生きることのできる世界を創る」という夢を見つけた私の自己紹介です。

この文章を読んでもらい、どんな人なのか分かって貰えたらなと思っています。

私自身が過去を振り返る為にも書いてみたら、びっくりめちゃくちゃ長い。
「こんなん誰も最後まで読まないじゃん。」
とは思いましたが、ここに書いた過去や想い全部大事なんですよねー。

だからもし、興味を持って最後まで読んでくれる人が1人でもいたらいいなと思っています。
(最後まで読んでくれた人ぜひ教えてください。めちゃくちゃ感謝を伝えます。)

1.プロフィール

1-1.基本情報

石田寛国
あだ名は「くに」

1998年3月6日生まれ(魚座)

A型
東京生まれ東京育ち

青山学院大学4年
体育会サッカー部
応援団長もやっている

好きなことは
サッカー、食べる、寝る、話す、考える、歌う、漫画、旅
など好きなこと沢山

好きな食べ物は
おでん、焼きおにぎり

苦手なことは
辛いものを食べること

人があまりしたことないであろう経験
ニューヨークのタイムズスクエアでおにぎりを1ドル1個で売る

1-2:どんな性格なのか

主観的には、【熱い】【真っ直ぐ】という言葉が合うと思います。
自分の目標に高い熱量で進み続けることができます。
ポジティブだが猪突猛進な所あり、一つのものに真剣に向き合うことが出来るが視野が狭くなってしまうところもある。
ロジカルよりパッションで物事を解決しようとしてしまう弱点があります。

こんな感じです。

客観的な自己分析ツールの結果も紹介します。
ストレングス・ファインダーという才能診断ツールの結果では、
私の長所5つ
1.社交性
2.コミュニケーション
3.ポジティブ
4.目標志向
5.達成欲
です。

とこんな感じなのですが、
どんな人間なのかイメージしていだけましたか。

2.夢

今の私の夢は
人々が自分の人生に胸を張って生きることの出来る世界を創る】
ことです。

そのために、
かのONE PIECEという国民的に有名な漫画に出てくる
「ゴール・D・ロジャー」のようになりたいです。

どうゆうことかと言うと、私一人では世界を変えることはできません。
だからこそ、漫画のONE PIECEの中でゴール・D・ロジャーが残した一言で世の中が大海賊時代になったように、
私は私の姿を見て同じように「世界を良くしたい」と思う人を増やしたいと思っています。そうなれば、私一人では出来ない世界を変えることも実現することが出来るのではないでしょうか。今はそう考えています。

3.石田寛国人生の5大イベント

私の人生において、とーーっても重要な出来事が5つあります。
とても大きな影響を与えてくれて、考え方、価値観などもとても変化しました。
他にも沢山話したいことはあるのですが、この5つだけは外せないというものなので話させてください。

これがこのあと書く中身の要約です。
かなりながいからこれだけでもいいかも。

1.石田家に生誕
石田家に生まれることが出来て心から幸せ。「自分で考え決めること」と「真摯に向き合う」ことを学ぶ。

2.プロサッカー選手を目指す

「努力すれば結果が出ることを証明するため」に本気でプロサッカー選手を目指す。全身全霊で取り組んだ結果全く届かなかったが、沢山の事を学んだ。

3.人生初旅ニューヨーク

ニューヨークに年越しに行き、考え方を変えられる。全ての人生が本当に素晴らしく、自分は世界一幸せだと胸が張れるようになる。

4.株式会社TABIPPO学生スタッフ

株式会社TABIPPOで学生スタッフをして、「何をするかではなく、誰とやるかの重要性」と「自分の努力と人の幸せがマッチする事の楽しさ」を知る。

5.就職活動

しょうがなく始めた就活で自分の本当にしたいことに気づき夢が変わる。「自分の人生に胸を張る」為に「人々が自分の人生に胸を張れる世界を創りたい」という夢を持つ。

3-1.石田家に生誕

まずは、私の人生において最重要イベントは、
今の父と母の間に生まれたことです。

私のことを心の底から愛してくれる父と母の元に生まれることができました。人から愛されているというのは本当に幸せなことだと思います。

そして、今の私に大きな影響を与えているのは、父の2つの教育方針
誰の人生でもなく自分の人生なんだから自分で考えて行動しよう。
自分で決めたことなら、本気で取り組む

一つ目は「誰の人生でもなく自分の人生なんだから自分で考えて行動しよう。」というものです。
私自身に考えるということの重要性を教えてくれました。もし私が何か間違えた選択をしてしまったとしても、「それは違う、こうしろ!」というのではなく、「お父さんはそれに関しては、このように思うけど寛国はどう思う?」というように「自分の行動は自分で考え決定する。」という今の私の考えが出来上がりました。

二つ目は「自分で決めたことなら、本気で取り組む。
人生を最大限楽しむ方法は全ての「モノ、コト、ヒト」に本気で向き合うことだと教えてくれました。この教育のおかげで私自身の人生に言い訳や後悔をせず、常に前を向いて生きていくことができる人間になりました。

3-2.プロサッカー選手を目指す

中学1年の4月から大学4年の6月まで脇目を触れずに、「プロサッカー選手になる」という夢に向かって突き進んできました。
努力すれば結果が出せることを証明したい!という思いから本気で取り組んでいました。

実はサッカーは小学生の頃スポーツの中で1番苦手でした。中学1年生の4月に上手い子なら小学一年生でも出来ることが、出来ないほど下手くそでした。(具体的にはリフティング10回出来ませんでした)

下手くそだったからこそ、チームで軽く虐められる様なこともあり、中学入学の時は正直全くサッカーは好きではありませんでした。

そんな私のターニングポイントが中学1年の初めての練習試合です。今まで諦めていて好きでもなかったサッカーを、その日は初めて下手なりにガムシャラに走り回りました。すると、監督に「今日のMVPは寛国だ。」と言われました。

本当に衝撃でした。
自分の中ではコンプレックスで、でも周りには「サッカーが好き」って言ってるからサッカーを辞めることはプライドが許さない。サッカーが全く面白くなかったです。そんなサッカーで人に認めて貰う事出来たというのが信じられないほどの衝撃でした。

そしてその日から私は「プロサッカー選手になろう」と心に決めました。

努力すれば結果が出せることを証明したい!と強く思いその日からはガムシャラにひたすら真っ直ぐに夢を追いかけ始めました。

高校では1人で朝練、早弁して昼休みは坂ダッシュ、練習場に早く行き準備、誰よりも声を出して練習、家に帰って夕飯を食べてから近所の公園にボールをもって蹴りに行く。
大学でも、午前全体の練習した後に授業に行ってから、午後1人でボールを蹴るなどとりあえずガムシャラにサッカーに打ち込んでいました。

ただ全く結果を出すことは出来ませんでした。
高校では1回戦負け、大学では公式戦に1試合も出ることは出来ませんでした。
客観的に見るとプロなんか夢のまた夢そんなレベルでプロになるなんて言うなよ、と言われてしまうくらいのレベルです。

それでも、ここまで本気で打ち込んだおかげでサッカーから

・本気で努力することの楽しさ
・夢を叶えることの大変さ
・夢を持つことの大切さ
・努力というのはただ何も考えずにガムシャラに打ち込むことでは無いということ

など沢山の事を学びました。

そして、沢山の友人や恩師とも出会うことが出来ました。

私の人生の基盤はサッカーで出来ました。

3-3.旅に出会う【年越しニューヨーク】

大学2年の2017-2018の年越しの際にニューヨークに行きました。
そしてそこでは人生を変えることになった旅人達との出会いがありました。

わたしはそこで初対面の10人の旅人と1週間過ごしました。
マイナス15℃の中タンクトップに来年の抱負を書いて写真を撮っていたら、テレビ取材を受けました。
おにぎりを作って1ドル1個で売りつつフリーハグをタイムズスクエアでしたり、NYまで来て雪の公園で鬼ごっこもしました。年越しの時には、オムツを履いてマイナス15℃の中14時間外で待ち続けました。
本当に衝撃的なことばかりで楽しかったです。

でも何より影響を与えられたのは、出会った旅人達の生き方でした。

私はこの時まで
・何か一つの事を頑張ると決めて、それに向かって突き進み、決めた事を曲げることは間違っている
・成功しないと意味が無い
と考えていました。

でも、旅人達は
したいと思ったことをする、結果とかは関係なく楽しいことは楽しいと生きていました。それに加え、他の人の生き方を否定はせずにそれいいね!と認めていました。
そんな、何をしたか結果が出たかでは無く、他人の人生を素直に認めることの出来る、多様性のある考え方自分が楽しいと思ったことを楽しむ強さに触れ美しい考え方だと感動しました。

この旅人達との出会いで私は

・人生に正解なんてなくて、全ての人生が素晴らしく美しい
・人生は成功するかしないかで価値は決まらない
・何かに決めるという事は、ほかの選択肢を捨てるということでもある

という考えを学びました。
この後から多くのことを経験し、色んな人に出会い私自身の人生を深めたいと思うようになりました。

そして、心の底から

私は世界で一番幸せな人生を歩んでる

と言いきれるようになりました。

3-4.株式会社TABIPPOで学生スタッフ

私はNYの旅の後、色んな人に出会いたいと思い大学3年生の1年間株式会社TABIPPOという会社の学生スタッフとして活動していました。

株式会社TABIPPOは、「旅で世界を、もっと素敵に」というビジョンで、旅を広める活動をしています。
学生スタッフのミッションは「若者に旅する文化を創る」というもので、主にイベント企画運営やメディア運用などを行っていました。

具体的には、DREAMという優勝賞品が世界一周航空券の学生限定コンテストや約2400人を動員した日本最大級の旅イベントを開催したりなどをしました。

この活動を通して私は
「何をするかではなく、誰とやるか」
「自身の努力と他人の幸せが繋がることの楽しさ」
という2つのことを知りました。

「何をするかではなく、誰とやるか」に関して。
このTABIPPOの学生スタッフは、拘束力なく、お金も発生しないボランティアのようなものです。なので旅を広めたいと本当に思う仲間だけが集まります。

そんな同じ方向を向いた仲間達と本気で1つの事を創りあげるという経験がめちゃくちゃ楽しかったです。
そして、私は実は旅人に会いたい為にTABIPPOに入った為、旅を広めたいと強く思っていた訳ではありませんでした。ただ、仲間達と1つのことをやる楽しさや、仲間の為なら頑張れるという思いで取り組んだ結果、最高の1年間となりました。
そんな経験から「何をするかでは無く、誰とやるか」の重要性を知りました

「自身の努力が他人の幸せに繋がることの楽しさ」というのは、あるイベントでの経験です。
自分がリーダーとして行った旅人同士の交流イベントに、将来に悩んでいた友人の助けになればと思い誘いました。私が旅人と出会い考え方が変わったからです。その結果、その友人は体育会サッカー部を辞め大学を休学し世界一周に旅立ちました。
その友人が旅に出て更に人生を楽しんでいるのを見て、私は大きな喜びを感じました。

私は何かに真摯に向き合い努力することが好きでしたが、その努力の結果自分以外の誰かが喜んでくれるなら、その喜びがより大きなものになるということに気づいた瞬間でした。
「自身の努力が他人の幸せに繋がることの楽しさ」を知りました。

これがそのイベントの写真です。

このようにTABIPPOでは、私自身が何を楽しいと思うのかを改めて気付かされたとても良い1年間になりました。
加えてめちゃくちゃ楽しかったです!
最高の仲間もできました。
一生忘れない1年です。

3-5就職する気のない就活

私の人生は就職活動によって進む先を大きく変えました。
なぜなら、プロサッカー選手を目指すという夢が変わってしまったからです。

私の就職活動は3段階に分かれます。
①就職する気はない、内定が欲しいだけ大手受けまくり時期
②俺のしたいことはなんなんだろう、思考停止時期
③俺のやることはこれだ!その1歩としての就活だ!自発的就活時期

①就職する気はない、内定が欲しいだけ大手受けまくり時期
実はプロになりたかった私は就活をするつもりはありませんでした。しかし、親と2月末に内定を取ってくる上で、プロを目指すなら良いと言われ親を納得させるためだけに就活をはじめました。
とても最悪なやつですが、内定をもらっても就職する気はなく、蹴ってプロサッカー選手になると決めているのに就活をしていました。

②俺のしたいことはなんなんだろう、思考停止時期
しかし、就活を進めている間色々な社会人の方や就活のエージェントの方たち会うことによって一つの感情が生まれてきました。
「この人達みたいになりたい。」
でも「俺は努力すれば結果が出せることを証明するために、プロサッカー選手になりたいんじゃないのか?」という矛盾が生まれてしまいました。
この矛盾について気づいてしまったら自分が信じてきたものが壊れてしまう気がして、気づかないふりをして考えることをやめました。ただ、そのときは気づかないふりをしていることすらわからなかったです。
でも、ある日それまで誰にも言っていなかった心の内をとある先輩に話した時にもらった一言がぐさっと刺さりました。
「ほんとはもう分かってるんじゃないの。それは、考えることから逃げてるだけだよ。」と

その後、自分の感情の矛盾を解消する為の自己分析に注力しました。今までの私が否定される結果になってもいいという覚悟を持って、初めて自己分析をしました。

分かったのは1つの事でした。
それまでは人生で成し遂げたいことは「努力すれば結果が出ることを証明する」だと思ってたのですが、
その時分かった私が本当にしたい事は

「自分の人生に胸を張る」

という事でした。

周りにバカにされない、認められたい、見返したい、虐められたくない
ではなく
バカにされても、認められなくても、虐められたとしても
「だから何?これが俺の人生で誰よりも最高の人生なんだよ」と言えるような生き方がしたいのだと分かりました。

③俺のやることはこれだ!その1歩としての就活だ!自発的就活時期

「自分の人生に胸を張りたい」と分かると、一気に道がクリアになりました。

私自身の人生に胸を張れる生き方とは?
そうか!
私は人を幸せにしたいんだと。
そうすれば、私自身の人生に胸を張れると。

サッカーがコンプレックスで自分を嫌いだった時から、努力すれば結果が出ると自分の可能性に気づき少し胸を張って生きていけるようになったように。

ニューヨークで全ての人生が美しく、私が私でいるということが素晴らしいと知り、世界一幸せな人生を歩んでると胸を張れるようになったように。

この世界にいる人々が「自分の人生に胸を張れるようになったら」世界はもっと良くなると思いました。

私自身の人生に胸を張るために、人々が胸を張れる世界を創りたいという夢が出来ました。

そこからは、簡単でそのためには何する事が必要なのかを考えました。

結果的には25歳で起業したい。
そのためのファーストステップとして、成長できる会社に入りたい。と思いました。

そこから自らの意思で就活を始め、ITベンチャーに就職することが決まりました。

2019年11月現在、部活をしつつインターンとして会社で働いています。

4.最後に

私はこんな人間です。

特に秀でた長所も成功もないですが、真剣に自分の人生に向き合って生きてきました。
そんな自分の人生に誇りを持っています。

そして、長々と書いてすみませんでした。
つい色々思い出しながら書いてしまいました。
これでも頑張って削ったんです。

もし全部よんでくれた人いたら、かなり嬉しいのでぜひ教えてください。

良かったらこれからの石田寛国の人生に期待しててください。

特に今自分の人生に胸を張って最高だと言えない人。
そんな人が私を見て、自分の人生に胸が張れるような生き方をしていきます。

長々とありがとうございました。

石田寛国

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