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歯医者で出会った彼女・第18話「牙を隠した悪女」

「ねぇ、ヒロ……聞いてる?私の話……。」
 
 
 
喜美江さんの話は一字一句、頭の中に入り込んでいたが、そこからの言葉が出てこない。断る………どう言えばいいのか?
直美ちゃんとのことはやはりきちんと言うべきなのか?
 
余計な事ばかり詮索してしまい、何も言えなくなっている自分がいた。
 
しかし、ここははっきり言おう!彼女も大人の女性だ。こんな子供の僕よりももっと素敵な男性と出会うと思うし、今ここでしっかりと僕の直美ちゃんへの気持ちを伝えないと、また何をしてくるかわからない。

ようやく言葉を出す勇気が持てた。
 
 
 
「喜美江さん、ごめんなさい。やっぱり気持ちがないのにだらだらと付き合うのって……さっきの喜美江さんの言葉で目覚めました。それにちょっと前に直美ちゃんからメールがあって……
 
もう喜美江さんと会わないのなら今回の事は許してくれるって
……だから………ごめんなさい…………。」
 
 
 
 
喜美江さんの電話の声はしばらく止まっていた。
 
とても長い静寂、という表現が的確なのだろうがその時の僕にとっては「長い緊張の時間」が過ぎていった。どれほど続いたのか、わからないほどの沈黙が終わったあと、喜美江さんが発した最初の言葉は
 全く思いもよらないものであった。
 
 

 「そう、よかったね…………それじゃ、私は必要ないということなのね。
直美ちゃんとうまくいくといいね。そっか………わかったわ、もう私からは会わないね………電話もしないLINEもしない、でも何かあったら……私はいつでもヒロを待ってるからね……。」
 
 
 
 
 
 
全くの拍子抜けだった。もっと激しく感情を剥き出しにしながら自分の気持ちをぶつけてくると思っていたのに……彼女の僕への思いはそんな程度だったのか?

とにかく安堵した僕は喜美江さんにこう言った。
 
 
 
「ありがとうございます。喜美江さん、今度会うときはお互い幸せな笑顔で会いたいね……じゃあ、これで………。」
 
 
 
「うん、今度会うときは私も幸せになっていると思う。じゃあヒロ、さようなら…………。」
 
 
 「さようなら、ありがとう喜美江さん………。」
 
 
 
 

 
 
僕は通話終了ボタンをゆっくりとタップした。
 
 
 
 
喜美江さんにはとても悪いと思った。でも、僕はもう直美ちゃんを泣かせたくはなかったし、一番大切なのは直美ちゃんとの時間。
優柔不断だった僕の心はようやく決意する事ができた。だから、喜美江さんを「捨てる」勇気を持てた。
 
こんなことをこんなに悩むなんてやはり根本的に自分は相当な優柔不断なのだと改めて自覚した。でも
やっぱり喜美江さんは大人だった。
 
僕の気持ちをきちんと汲んでくれて自ら身を引いてくれた。ちゃんと自分の気持ちを伝える事はとても大切だと思った。直美ちゃんへの嘘偽りのない僕の思いを直美ちゃんはちゃんと受け止めてくれたし、そして喜美江さんも僕の事を理解してくれたと思っている。
 
 
これで本当に直美ちゃんとの楽しい時間を過ごせる!
僕は普通にそう思っていた。しかしその思いは長くは続かなかった。僕と直美ちゃんはこの後、奈落の底に深く深く叩き落とされることになる…。

西山喜美江………悪女はただ牙を隠していただけだった………。
 

              〜第19話へ続く〜

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