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結婚に対する考え方の違い【連載】人を右と左に分ける3つの価値観 ―進化心理学からの視座―

※本記事は連載で、全体の目次はこちらになります。第1回から読む方はこちらです。

 第4章のはじめに、右派はゼノフォビア(よそもの嫌い)傾向にあり、所属する集団の中から婚姻相手を選ぶ同族結婚が主流になる一方、左派はゼノフィリア(よそもの好き)であることから、外集団から婚姻相手を選ぶ族外結婚にも抵抗がないことについて触れました。このように部族主義は、結婚に対する考え方にも相違をもたらし、社会における近親交配と遠親交配の割合に影響を及ぼします。
 実際に、米国のピュー研究所の調査によれば、共和党支持者は民主党支持者に比べて2倍も、異人種間での結婚を社会にとって好ましくないことだと回答しています(注35)。
 他にも、オランダの政治学者、ジョス・メールーンが行った調査で、右翼的な権威主義的国家と近親婚約の割合との間に強い相関(0.74)があることが確認されています(注36)。このような国では近親相姦のタブーが緩く、いとこ婚が許されているか推奨されているだけでなく、親が子供の結婚を決める傾向にあります。これに対して、先進国のようなリベラル国家では、近親相姦のタブーが厳しく、個人が結婚相手を決める自由を持っているため、近親婚約の割合が極めて小さくなります。
 世界各国における近親婚約の割合(図4―2)を見てみましょう。

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 この世界地図では、はとこよりも近い婚姻の割合が高いほど、その国が濃い色で表されています(注37)。特に、アラブ諸国のような右翼的な権威主義国家では、いとこ婚がすべての婚姻の25~30%を占めています。パキスタンにいたっては、いとこ婚の割合が少なくとも50%以上あります。これに対して、他の地域を見てみると、例えばアメリカやヨーロッパ、東アジアではこのような近親婚約の割合は5%以下にとどまっています。
 北アフリカや中東、南アジアなどで近親婚約が多いことに、宗教が関係している可能性はないのでしょうか。しかし、近親婚約の割合が小さい、キリスト教圏でもほとんどのプロテスタント宗派はいとこ婚を許容していますし、アジアでも、仏教が近親婚を特に禁止しているわけではありません。このような、いとこ婚の割合の相違は、地理的要因が大きいと考えられています。図4―3の衛星写真を見ると、白く不毛な地域といとこ婚が多い地域がぴったりと一致します。

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 この一帯は、砂漠や起伏の多い山が多く不毛で、水や食料などが限られています。そのため、婚資や結婚の際の持参金によって限られた富が他の血族に奪われてしまうことを回避する必要があるのです。実際に、このような地域の中でも特にいとこ婚の割合が髙いのは、最も貧しい地域や田舎に住む家族であることがわかっています。このような限られた資源と政治的志向の関係は、人間に限った話ではありません。第1章で、ご紹介したチンパンジーとボノボの対比でも、食料などが限られた地域に住んでいるチンパンジーは右翼的な社会を形成していたのに対して、比較的食べ物に困らない熱帯雨林に住んでいるボノボは、左翼的な社会を形成していました。
 このような近親婚は集団にメリットをもたらすと同時にデメリットも伴います。デメリットの一つ目としては、血縁関係の近い者同士から産まれた子どもは、先天性障害児になりやすいということです。ヒトの染色体は46個あり、男か女かを決める性染色体XとYを除くと、残りの44個は22種の染色体のペアになっています。このペアを両親から受け継ぐため、一方が不全でも、もう片方が不全でなければ正常な子どもが産まれます。しかし、血縁関係の近い者同士から産まれた子どもは、この染色体が二つとも不全である可能性が高まります。これによって劣性遺伝病を持った先天性障害児が産まれやすいことから、日本でも、民法第734条に「直系血族又は三親等内の傍系血族の間では、婚姻をすることができない」と定められています。つまり、「結婚できる近親者はいとこから」と定められているのです。
 近親婚によってどの程度、劣性遺伝病が発生しやすくなるかを表4―1に示しています。

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 この表からわかるように血縁結婚の場合には他人婚に比べて、劣性遺伝病の発生する危険率が非常に高くなることがわかります。
 このような劣性遺伝病以外にも、近親交配が体格や知能に悪影響を及ぼすという研究報告があります。この研究は、エディンバラ大学のウィルソン博士らの研究チームが35万人以上のゲノムを集め近親交配率を算出し、彼らの背の⾼さ、認知機能、教育達成率などと比較し、相関を分析したものです(注38)。この調査から背の⾼さ、呼吸機能、認知機能、教育達成率は、どれも近親交配率が高いほど劣ることがわかりました。具体的には、いとこ同⼠の結婚だと、⾝⻑で1.2cm、教育達成度では、教育を受ける年⽉にして10カ⽉分少なくなることが判明したのです。ちなみに、教育を受ける期間が少なくなるのは、最終学歴において中卒や高卒が増えるためです。⼀⽅、⾎圧、⾎糖、⾎中脂質などは全く相関がないことがわかっています。ウィルソン博士らは「高い身長や知力は自然の世界で生き抜くのに有利だから、結果として異系交配を促し、遺伝的多様性につながった」と述べています。
 近親交配のもう一つのデメリットとしては、集団の遺伝子の多様性が低くなり均質になることで、環境が変化したときや新しい病原菌が発生したり、既存のものが突然変異した際に滅びやすいということがあります。これに対して、様々な生まれの人とも交配している集団では、免疫システムに多様性があるために全滅のリスクを避けることができます。
 ただし、遠親交配が多すぎると、集団が住んでいる環境への適応性が下がるという負の側面もあります。例えば、ハワイのような太陽光の強い地域で、海外の人と結婚して青い目の子どもが生まれてしまったら、サングラスのようなものでもかけない限り昼間の外出が眩しすぎて日常生活に支障が出るかもしれません。また、その土地に元からある病原菌に対して、現地の人が当たり前のように持っている免疫システムを持っていないかもしれません。たとえば、マラリアの多い地域では、血液型がO型の人が多いことがわかっており、ナイジェリアでは人口の半数以上がO型です。これは、O型の人が他の血液型の人よりも重いマラリアにかかりにくいことが一因としてあると言われています。
 他にも自分たちが住んでいる地域に適応するために、遺伝的な変異を獲得した例は枚挙にいとまがありません(注39)。

・素潜りへの耐性(東南アジアの海洋民族には、水に潜ったときの心拍数の低下と重要臓器への血流の集中を強化する遺伝子の変異型が多く見られる)
・乳製品代謝(酪農を広く行うようになった集団)
・高地の低酸素環境への適応(チベット高原やエチオピアのシエミン山地などに住む人々)
・口から摂取するヒ素への耐性(アルゼンチンの一部地域に住む集団)
・海産物主体の食べ物への適応(グリーンランドやカナダの先住民)
・低温への耐性(シベリア先住民)

 このように、その地域に住む人の遺伝子には、その場所でうまく生き抜いていくための知恵が詰まっています。このような遺伝子に刻み込まれた知恵が混血によって薄まることを懸念して、ヒトラーは『我が闘争』の中で、次のように書いています。

混血とその結果としての人種レベルの低下は、古い文化が消滅する唯一の原因である。男性は戦争の敗北の結果として滅びるのではなく、純粋な血にのみ含まれている抵抗力の喪失によって滅びる。

 また、近親交配の多い集団では、周囲にいる人と遺伝子を共有している割合も髙いため、「身内びいき」のような利他的な行動が起こりやすいというメリットもあります。これに対して、血が繋がっていない子どもや血縁の遠い他者には、利他的な行動が少なくなります。実際に、血の繋がりのない養子がいる家庭では、血の繋がりのある子どもの家庭に比べて児童虐待や子殺しが起こりやすいのです。

 このような内集団の利他性と深く関係しているのが「オキシトシン」というホルモンです。このオキシトシンを嗅がせると利他行為が促進され、内集団びいきになることが実験によって示唆されています。この実験では、小さな部屋に一人ずつ隔離されたオランダ人の男性たちに小さなチームを組ませてコンピューターを介してやり取りをさせながら、ある種の経済ゲームを行ってもらいました(注40)。その際に、半分の被験者には鼻にオキシトシンが、もう半分には偽薬が噴霧されました。その結果、オキシトシンを噴霧された被験者は利己的な決定をあまり下さず、自チームに貢献しようと努めましたが、他チームの結果の改善には何の関心も示さなかったのです。他のある実験(囚人のジレンマゲーム)では、オキシトシンを摂取した被験者は、より積極的に他チームのメンバーを妨害するような振る舞いをすることもわかっています。一連の追試で、オランダ人のオキシトシン被験者は、トロッコ問題のような「誰かの命を救うために犠牲を伴う」ジレンマを与えたところ、オランダ人を犠牲にせず、「ムハンマド」のようなムスリム系の名前の人物を犠牲にする傾向が高まることが確認されました。別のある研究では、オキシトシンを鼻から吸入させたところ、被験者は自分のグループに対してより好意的になる一方、他の集団の成員を見下す傾向も強まることが確認されています(注41)。つまり、オキシトシン分泌システムは、内集団における調和や協力関係、利他行動を促す役割を担っているのです。
 このような血縁関係に基づく身内びいきを自民族にまで拡張したものが自民族中心主義で、国家にまで拡大解釈したものがナショナリズムです。自殺を伴う利他行動は、彼らの死が近親者や自民族の利益になると考えた場合にしか起こらないため、極右の兵士やテロリストに特有の戦略といえます。アルカイダやイスラム国のようなイスラム過激派による自爆テロやスリランカの反政府勢力「タミル・イーラム解放のトラ」の自爆攻撃部隊「ブラックタイガー」、神風特別攻撃隊による自殺攻撃などは、このような拡大解釈に基づく利他行動の典型的な例でしょう。
 以上のようなメリットとデメリットがあることから、集団が環境に適応し、かつ均一にならないためには、右派と左派の両方が社会に一定数必要だということになります。このような事情があることから、どの社会にも、部族主義に対して賛同する人と反対する人が一定数存在し、社会における近親交配と遠親交配のバランスが取られてきたのでしょう。


35. Pew Research Center, “The Decline of Marriage and the Rise of New Families,” Social and Demographic Trends (2010).
36. Jos. D. Meloen, “The Political Culture of State Authoritarianism”, in Political Psychology: Cultural and Crosscultural Foundations (New York University Press, 2000), pp 108-127.
37. A. H. Bittles, “The role and significance of cansanguinity as a demographic variable”, Population and Development Review 20, no. 3 (1994): 561-584; Richard Conniff, “Go Ahead, Kiss Your Cousin Heck, marry her if you want to”, DISCOVER Vol. 24 No. 8 (August 2003).
38. Peter K. Joshi, et al., “Directional dominance on stature and cognition in diverse human populations”, Nature. 2015 Jul 23; 523(7561): 459-462.
39. 『あなたがあなたであることの科学 ; 人の個性とはなんだろうか』デイヴィッド・J・リンデン著; 岩坂彰 訳; 河出書房新社; 2021年, 237-241.
40. Carsten K W De Dreu, Lindred L Greer, Michel J J Handgraaf, Shaul Shalvi, Gerben A Van Kleef, Matthijs Baas, Femke S Ten Velden, Eric Van Dijk, Sander W W Feith, “The neuropeptide oxytocin regulates parochial altruism in intergroup conflict among humans”, Science. 2010 Jun 11;328(5984):1408-11; Nicholas Wade, “Depth of the Kindness Hormone Appears to Know Some Bounds”, New York Times, January 10 2011.
41. Carsten K. W. De Dreu, Lindred L. Greer, Gerben A. Van Kleef, Shaul Shalvi, and Michel J. J. Handgraaf, “Oxytocin promotes human ethnocentrism”, Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America. 2011 Jan 25; 108(4):1262-1266.

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