07藤沢

システム×デザイン思考とはデザイン思考のことである

文部省ウェブサイトでイノベーションに関する資料を検索していたら「イノベーション対話ガイドブック」なる資料を発見した。いささか肯首しかねる記述があったのでここに反論しておきたい。

イノベーション対話ガイドブック

イノベーション対話ガイドブックとは、平成 25 年度文部科学省委託事業として慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科が作成した資料で、アイデア発想のためのワークショップの手法や手順をまとめたものである。この資料は「システム×デザイン思考」という考え方に基づいていて、資料冒頭の解説文によれば、システム思考およびデザイン思考とは以下のように定義されている。

システム思考とは、対象をシステミック(俯瞰的)かつシステマティック(系統的)に捉え、多視点から構造化し、可視化するアプローチである。また、客観的・論理的に思考をし、計画的にデザインを行い、評価・検証を実施する。
デザイン思考とは、(従来の科学技術における計画的で役割分担的なやり方とは違って)デザイナが行ってきたように、「試行錯誤しながら、設計者もユーザーも一体になって、作りながら考え、考えながら作る」進め方であり、主観的・感性的な思考である。
デザイン思考は、論理的・客観的には導きだせないもの、例えば、ユーザーのニーズを引き出す際やイノベーティブなアイディアを出す際には有効である。しかしながら、デザイン思考には以下のような欠点もある。
① 出てきたアイディアを、信頼性が高くビジネスとしても成り立つ、確実なアイディアに仕上げる側面は不十分
② 基本的にアメリカ発の思考法としてまとめられているため、思考の傾向の異なる日本人・アジア人には違和感がある場合もある

デザイン思考には欠点があり「出てきたアイディアを、信頼性が高くビジネスとしても成り立つ、確実なアイディアに仕上げる側面は不十分」なのだそうだ。えっ?なんだって?これではまるでデザイナーが論理性に欠ける思いつきだけで行動する人物みたいではないか。

デザイナーは非論理的?なわけがない

思い出していただきたい。あなたの会社にいるデザイナーは技術的に実現不可能なデザインを納品するか?構造剛性を無視したデザインを納品するか?製造コストを無視したデザインを納品するか?すべてノーである。

デザイナーは思いつきをそのまま納品するほどバカではない。脳内で現実と理想の狭間を目まぐるしく往復しつつビジネスとして成立するギリギリの妥協案を形にして納品している。デザイナーは現実と妥協をするために当たり前のようにシステム思考を用いているのである。むしろシステム思考とデザイン思考の両方ができてはじめてデザイナーになれると言って良い。

デザイン思考とは「デザイナー的な物の考え方」のことである。デザイナーはシステム思考も当たり前のように行なっている。ゆえにシステム×デザイン思考とはデザイン思考のことである。以上証明終わり。

半分デザイナー・半分芸術家な人達

「デザイナーは思いつきをそのまま納品する」という誤解は、おそらくは世界的に有名なデザイナーの中に思いつきをそのまま形にする半分芸術家のような人物がいるからであろう。

「アンビルト(建たず)の女王」という二つ名で有名な建築家ザハ・ハディッド氏は、技術的に建築不可能なデザインを提案してくることが多々あり、ゆえにアンビルドと呼ばれるようになった。とはいえ近年の建築技術の進歩により建築可能となった例もあり、彼女なりにギリギリの妥協点を模索していたのだと思われる。

日本の有名な建築家である黒川紀章氏の初期の代表作に「中銀カプセルタワービル」がある。これはメタボリズム(新陳代謝する都市)というコンセプトを建築で表現したものであり、交換可能な無数のカプセルが合体してできているビルである。しかしながら、費用がかかりすぎるためカプセルが交換されたことは一度もない。いってしまえば失敗作である。とはいえまったく合理性を無視して設計したわけではなく、彼なりにギリギリの妥協点を模索していたのだと思われる。

初心者には使いこなせないことで有名なセブンイレブンのコーヒーマシンは日本有数のデザイナー佐藤可士和氏によるものである。不特定多数の利用者が使うはずのコンビニコーヒーマシンになぜ佐藤氏があのような使いやすさ皆無の低レベルデザインを納品したのかいまだに謎である。がしかし、佐藤氏のコーヒーマシンは見た目がとても美しく部屋の広さに余裕があれば家に置いておきたい優れた意匠である。佐藤氏に責はなく発注側の依頼の仕方が悪かった可能性を否定できない。

くりかすが、システム思考とデザイン思考の両方ができてはじめてデザイナーである。「デザイナーは思いつきをそのまま納品する」という誤解を生じさせかねない記述については今後も見つけしだい釘を刺していきたい。

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