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【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第二章「性愛の山」 38

 権太は、黙って坊主についていった。
 男は、何も話さない。
 大股で早足なので、ついていくのがやっとだ。
 ときどき、こちらを振り返り、権太がついてきているか確認する。
 遅れていると、立ち止まって権太が追い付くのを待ってくれた。
 山に続く道は、はじめてここに来た時と同じ光景が広がっていた。
 表通りとは違い、今にも朽ち倒れそうな小屋が立ち並ぶ。
 道すがら、何十人もの痩せ細った男や女たちが、ぼんやりと座り込んでいる。
 坊主を見ると、物を乞うため集まってくる。
 男は、それらを下駄で蹴散らす。
 倒れ込んでいる女に、赤ん坊が泣き縋っている。
 その上を、数匹の烏がけたたましく鳴きながら、旋回している。
 野良犬が集まり、がつがつと何かを喰っている。
 生臭い匂いがする。
 その野良犬たちに、子どもたちが石を投げつける。
 野犬がぎゃんぎゃんと吠えると、子どもたちは黄色い声をあげて一斉に逃げて行く。
 所々人が倒れているが、誰も気にかけない。
 むしろ、倒れているものから、着物を剥ぎ取ろうとする輩もいる。
 権太の村も貧しい。
 だからといって、これほどひどい情景は見たことがない。
 権太は怖くなって、先に行く坊主に遅れまいと、必死でついていった。
 山に入ると、先ほどまでの光景が嘘のように、静寂さが訪れた。
 町中はどんよりと淀んで、酷く饐えた匂いがしたが、山に入った途端、気が澄み渡り、清々しい香りに包まれた。
 村に近い感じがするのか、町よりも、山の方が落ち着いた。

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