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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 後編 6

「やつめ、大海人様を大兄にしないということは、大王にしないということではないか? 大友を大王につける算段ではないのか?」

 吹負の言葉に、そこまでやるか……と疑問に思うのだが、安麻呂は怒られるのが嫌なので、黙っていた。

「そこです!」と、代わりに御行が再び話し出した、「今度の蒲生野での狩猟の後、宴席が設けられる予定ですが、そのとき、葛城は大友に大兄を与えるのではないかと……」

「まことか!」

 大広間がどよめいた。

「これはあくまで噂ですが……」と、御行は断ったが、誰も話を聞いていない。

「なんという暴挙!」

「葛城は国を潰す気か!」

「このまま許してなるものか!」

 と、大騒ぎだ。

「大海人様は如何様に?」

 馬来田が杜屋に尋ねる。

「はっ、友国の話ですと、表面上は事もなしとのご様子ですが、内情は大変焦っていらっしゃるようで……」

「これは、事の算段を急がねばなりませぬな、兄者」

 吹負の言葉に、馬来田は頷いた。

「さて、如何様にすべきか……」

「その点は、私に考えが……」

「御行、何か良い考えがあるというか?」

「あい、狩猟の後の宴席が最も良い機会かと。葛城だけでなく、大友や葛城の他の皇子たちも列席いたします。酒の席で酔いもまわり、油断が生じるはず……」

「そこで始末するか?」

 吹負の言葉に、御行はにやりと笑った。

 安麻呂は、えっと兄の顔を見た。

 大王の始末などと、恐れ多いことを………………

 他の一族も同じよう思ったようだ、場が騒めいている。

「しかし御行よ」、馬来田が口を挟む、「それでは、我が大伴氏が反逆者となるぞ」

「もちろん、我らが手を出せば反逆の汚名は逃れますまい。ですので、葛城への処断は大海人様に実行していただくのです。先例は、乙巳の変にございます」

 乙巳の変とは、現大王である葛城皇子が中臣鎌子とともに、大極殿で蘇我入鹿を討ち、蘇我氏を滅亡させた事件である。

 実際は、阿倍内麻呂(あべのうちまろ)や軽皇子(かるのみこ)、安麻呂の父である馬飼(うまかい)たち難波派が、蘇我氏を中心とする飛鳥派から権力を奪い取った政権交代であるが、御行はそれをもう一度再現しようというのだ。

「宴席の最中に、大海人様に葛城が国の根本を危うくさせている、代わりに私が国を担うと宣言していただき、我々が乗り込み、葛城一族を拘束、抵抗するようならば已む得ませんが……」

「そのような大それたこと、成功しようか?」

 一族のひとりから声があがる、他の者も同じようだ。

「します。いや、させて見せます。大海人様には、友国を通して私の方から話をつけておきます。また、国の根底を危うくさせるような情勢不安の要素は、すでに手配をつけております」

「ほう、それは?」

「最近、近江の辺りは何やら火付けが騒がしいようで……」

 御行の言葉に、吹負はにやりと笑う。

「お前、なかなかやるな」

 安麻呂は、あっと兄を見る。

 ―― まさか、最近宮の周辺で流行っている火付けって………………

 兄と目があうと、御行はふんと鼻で笑った。

「これもすべて、大伴氏復興のため」

「うむ」と、馬来田は大きく頷いたあと、「葛城が国の根底を覆すようならば遠慮はいらん。いにしえより大王家を陰ひなたとなり守ってきた我が大伴家こそ、正義! 我ら一致団結し、再び宮内に大伴家の名声を轟かせようぞ!」

 その言葉に、一族全員が威勢をあげた。

 やれやれ、これは大変なことになったぞ………………と、安麻呂はひとり不安で仕方がなかった。

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