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【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第一章「純愛の村」 7

 翌日、相変わらず燃えるような日差しのなか、十兵衛は庄屋を伴って上の村へと行った。

 十兵衛に、上の庄屋へ口添えしてもらいたいと荘三郎が願ったので、それでは一緒にとなった。

 朝早く出かけ、昼頃には戻ってきた。

 村の男たちは、こんなに早く帰ってきたのだ、きっと話し合いは上手くいった違いない、あの明智とかいう男、なかなかやるではないかと話していた。

 が、庄屋のこめかみに浮かぶ太い筋と、だてを噛んだような忌々しそうな顔を見たとき、

「やはり頼んないな」

 と、鼻で笑った。

「庄屋さん、話し合いはどやねん? あの明智って人は、役に立ったんけ?」

「話にもならん」

 庄屋はそう言い捨て、足早に屋敷へと入った。

 とうの十兵衛は、

「いや~、上の庄屋もなかなかで」

 と、頭を掻きながら呑気に笑っている。

「それは難儀でしたな」

 源太郎は、縁側に腰を下ろした十兵衛に白湯を出した。

「それで、話し合いは全然駄目で?」

「いや、話し合いどころか……」

 上の村に入るなり、鍬鋤を持った殺気立った若衆に囲まれたらしい。

 どうやら、向こうも余所者にかなり警戒しているようだ。

 二、三押し問答があったが、山崎様の使いだというと、渋々庄屋の屋敷まで案内してくれた。

 で、屋敷に入るなり、荘三郎と上の庄屋が喧嘩をしだした。

 取っ組み合いの喧嘩になった。

 十兵衛と村人でようやく引き離し、お互い喧嘩腰では話し合いにならない、今日のところはこれまでと帰ってきた………………と、いうことらしい。

「ああ、左様でしたか」

 源太郎は、然もありなんという顔だ。

 十兵衛が頼りないのではない、荘三郎に問題があるのだ。

「庄屋殿は、そう言った性分なのですかな?」

「まあ、他人の話を聞かないといいますか、抑えが利かないと申しますか……」

「なるほどですね」

 十兵衛は苦笑した。

「申し訳ございません」

「いやいや、源太郎殿が頭を下げることではございません。されど……、これでは話にならぬので……」、しばらく考えたあと、「当面、拙者だけで上の庄屋と話しましょう」

「それが宜しいかと存じます」

 源太郎の言葉に頷き、十兵衛は立ち上がった。

「ですな。さてと、暇もできたことだし、少し村を見て回りますか」

「では、案内させましょう」

 権太は、十兵衛の案内を任された。

「宜しく」

 笑顔でいう十兵衛に、権太は気恥ずかし。

 権太は目を逸らしながら、村を見下ろす寺へと向かった。

 道すがら権太は、村の男たちの十兵衛に対する悪口を聞いた。

 流石に、武士に面と向かって悪口を言う度胸もないので、陰でこそこそしているが、それでも聞こえるぐらいの声で、罵詈雑言………………子どもながら、一緒にいる権太が腹立つような内容ばかりである。

 それに乗じてか、子どもたちも悪口を言う ―― 彼らはまだ自分たちの立場というものを分かってないのか、大きな声で囃し立てる。

「おい、びいがべさと歩いとるぞ」

「権太のねぇとは、ちゃんぺしたとや」

 どっと笑いがおきる。

 何とも恥ずかしいことをいうものだ。

 十兵衛はどんな顔をしているのだろうと、ちらりと見ると、

「ちゃんぺとは、どういう意味でしょう?」

 と聞いてくるので、顔が熱くなって答えなかった。

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