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【歴史・時代小説】『本能寺燃ゆ』第三章「寵愛の帳」 38

 祝いの席には舞台が造られ、篝火が焚かれた。
 佐久間右衛門尉信盛(さくま・うえもんのじょう・のぶもり)、柴田修理亮勝家(しばた・しゅりのすけ・かついえ)、丹羽五郎左衛門尉長秀(にわ・ごろうさえもんのじょう・ながひで)ら、主だった宿老や武将が信長や奇妙に挨拶をするなか、太若丸は裏で仕度をする。
 傍らでは、藤吉郎が「大丈夫でござろうか?」「太若丸殿、まことに心配ござらんか?」「殿のご機嫌はいかがであろうか?」などと、太若丸の周りをくるくる回ったり、舞台袖から信長たちの様子を伺ったりと忙しない。
 太若丸のほうが、いらいらしてくる。
 藤吉郎殿、心配はございません………………と、太若丸は念入りに化粧をし、胸を張って舞台に出た。
 舞台前には、信長と奇妙が控える。
 その後ろにお歴々が居並ぶ。
 信長は、退屈そうに濁酒を飲んでいる。
 奇妙のほうは、祝いの席の疲れか、それとも濁酒が入ったせいか、うつらうつらとしている。
 家臣たちも、舞いには興味がないのか、こそこそと話したり、大欠伸をしている者までいる。
 重苦しい雰囲気だが、むしろ太若丸には心地よい ―― この状況をすっかりと変えてやろう………………と、踊り始めた。
 鼓で拍子をとりながら、太若丸が声をあげ、舞う。
 ぽんと乾いた音が響くと、奇妙がはっと顔を上げる。
 こくりこくりと舟を漕いでいた武将たちも、ふと顔をあげる。
 おしゃべりをしていた侍たちも、ぴたりと会話を止め、太若丸の舞いに見入っている。
 信長は相変わらず酒を煽っているが、じっと太若丸の舞いを見ている。
 奇妙は、濁酒のせいか顔が真っ赤だが、目はきらきらと輝いているところをみると、楽しんでいるのだろう。
 今宵の主役は奇妙だ。
 まあ、息子が喜んでくれただけでも良かっただろうと、舞い続けた。

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