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素敵な靴は、素敵な場所へ連れ行ってくれる。 3

 ドアを開けると、拓海の靴が脱ぎっぱなしで、小さな土間に転がっていた、有美は、それを靴箱に直すと、自分も靴を脱いで一緒にしまってふたを閉めた。外は初夏の暑さだが、部屋の奥から涼しいエアコンの風が来る、拓海は今日一日この部屋にいたんだと理解する。
 

ただいまと言ってリビングはいると、部屋いっぱいに資料を広げていた、キッチンのほかは二間しない狭い部屋の半分以上を使って、パソコンで彼は新しい原稿を書いていた。
 「・・・・少しは片づけてよ・・・」
足の踏み場もないくらい、書類を広げて作業している拓海に向かって、仕事から帰ったばかりで、疲れ切ったような顔して有美がそういうと、拓海は、ああと言って自分の周りに散乱した書類をだけを少しだけ片づけた。
 有美は、書類をできるだけ踏まないようにして、隣の部屋に鞄を置くと、さっとその場で着替える、ちょうどエアコンの送風口の前で心地よい風が有美を包み込む。

 「・・・どうする?ご飯食べる?・・・・・・」
 いつものように、キッチンから拓海へ声をかける、彼はまた、ああ、と有美を見ることなくそう言いうと、パソコンの画面に集中したまま、力のない声を有美へ向ける。
 「劇作家」
人から聞かれれば、彼の職業はそう称される、けれどもその前に「売れない」とか「無名」とかの言葉が付く、学生時代に演劇にのめりこみ、就職することなく小さな商業劇団の座付き作家として、生計を立てている、むろんそんなもので活計が立つわけもなく、転がり込むような格好で、有美と同棲をはじめてもう三年にもなる。

 有美は、手早く二人分の食事を作ると、拓海に少しテーブルを開けるように言う、彼はまた、ああ、と呟くと、パソコンの作業を辞めて、小さなテーブルにスペースをつくる、有美は、その空いたスペースに素早く料理を並べる、有美はいただきますと言って、食べ始める、拓海は、何も言わずに食べ始める、彼がなにか物事に集中しているときはよくある行動だ。
 有美は、今日帰ってから拓海が自分に向かって、「ああ」としか言ってないことに気づく、
「・・・どう? 今回の作品はすすんでいるの?・・・どんな話なの?」
 食べながら有美は、いつも様に拓海へ尋ねる、拓海は気の抜けたような声で、「まあね、・・・・」と、返事をする。前回の作品が好評だったようで、周りからの期待も大きくて、 
「・・・・結構、プレシャーを、感じるよ・・・」と今回の自作について言葉少なく語った。
 いつもながら、おしいとも不味いともいわず、黙々と食事だけする。
 有美は、思い出したように、拓海へ
 「そうだ、ビール飲む?」と聞く。拓海は、小さな声で、
 「今日は、いいよ」と返事した後、明日までに本を仕上げないといけないしね、と付け加えた。有美はじゃあ、わたし飲むねと言って、冷蔵庫から缶ビールを出すと、プルトップを引いて、ビールをのどへ一気に流し込む、半分ぐらい飲んでため息とともに、ビールをテーブルに置くと、拓海が有美を見て「おいしそうだね」とにっこりと笑う。
 

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今宵も、最後までお読みいただきありがとうございました。

新しい物語・・・

若い二人がぶつかるいろいろな壁・・・

どう乗り越えていくのか・・・・

物語はまだまだ、続きます。

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