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SaaS事業におけるバリュエーションのアップデート(2022年5月)

早いもので、初めてSaaS事業におけるバリュエーションの記事を書いてから、あっという間に2年が経とうとしています。

2年前に上記の記事を書いた時は、そもそも、SaaS事業 = PSR (EV/Sales) で評価されるということが広く認知されていなかった中(SaaS事業のバリュエーションについて発信される方がそもそも少なかった)、初めて記事を書いてみようという想いが強かったですが、今は、一定その認知も広がっている中で、市況の変化により株価も大きな変化があり、2年で大きな市況の変化を感じます。
こうした中で、改めてSaaS事業のバリュエーションについて、どのように考えるべきかを整理したいと思い、このnoteを書いてみます。

なぜSaaS事業はPSR (EV/Sales)で評価されるのか

後の話にも関連するので、改めてこの話からスタートしたいと思いますが、通常、SaaS事業以外の会社について、PER、つまり純利益で評価されることが多い一方、なぜSaaS事業はPSRで評価され得るかを説明した図が上記です。

  • SaaS事業は、積み上げ型の収益構造である為、T2D3 (売上高が2年間、3倍で成長し、その後の3年間、2倍成長する)と呼ばれるように、高い成長性を達成する可能性が、他事業に比べて高い

  • 開発費・マーケティング投資など初期投資が多額に必要であるため、初年度・次年度は赤字になることが多い一方、労働集約的ではない為、3-5年後は高い営業利益率を達成する可能性が高い

上記2点の事業構造上のメリットがある為に、長期のPERを見ることができる為、SaaS事業では、純利益でなく、売上高をベースにしたPSR (EV/Sales)が株式価値算定手法として使える、というのがロジックだと考えています。

現在のSaaS事業のバリュエーション

最近読んだ記事で一番精緻なものが上記だったので、DNXさんが出されている上場SaaS企業のマルチプル・アップデートを参照しています。
詳細は上記のnoteに譲るとして、以下のとおり、現在の上場会社では、慣らすと、FY1 EV/Salesは5-6倍まで下がっているとのことです。

2020年の10月~2021年の10月は、平均/中央のFY1 EV/Salesが15-20倍だったので、単純計算で各社の株価が1/3になったという計算です。SaaSの主要銘柄を見ても、足元半年で株価が1/3になった、というのは、あまり実感値としてもズレていないと思います。

SaaS事業のバリュエーションが下がっている背景

私見ですが、大きく2つが要因としてあると考えています(米国金利上昇に伴う株式安、ウクライナ不安など、そもそもリスクオフとしての株式売却は起こっている前提として、上記以外でという意味合いです)。

  1. PSR倍率で評価されている事業が他に(あまり)ない中、下がった時にどこまで下げるべきか基準が(あまり)ない

  2. 高成長が続くことで収益性が改善していく、という長期PERロジックで見ることについて、一定投資家が懐疑的になっている

1.については、成長株全体に対して言えることかもしれませんが、例えばPBRであれば、解散価値 = PBR1倍、や、配当性向であれば、配当利回り = xx%のように、ある一定基準を下回った時に、割安と多くの人が感じる水準がある一方、PSRやPERにはそれが少なく、特にPSRでは判断が難しい、というのがあると思います。PER = 5倍、と言われた時に、恐らく投資家の方であれば、(事実かどうかは調べるにしても)割安と感じる、くらい銘柄 / 過去実績が多い一方で、PSRについては、PSR = 5倍と言われた時に、高いか安いかの材料が(相対的に)少ない、というものです。ただ、こちらについては、ある意味理由が相対的に低い根拠ですし、下がれば下がるほど、そろそろ上がるのでは、と思う方も増えるので、個人的には、どこかで均衡 / 一定回復する可能性の方が高いのではないかと思います。

ただ、相対的により問題なのは、2の観点だと思っています。つまり、"なぜSaaS事業はPSR (EV/Sales)で評価されるのか" のセクションで触れたとおり、本来SaaS事業の特性として、労働集約的なビジネスモデルではない中で、売上が上がるにつれて、2-3割の営業利益率が出ておかしくないはずなのに、思ったより赤字幅が続いている(あるいは営業利益が出ていない)。これは、意外と事業のストック性が低いのではないか、あるいは、結局売上が上がるに従って増大するコストが重く、思ったより利益率は将来も上がらないのではないか、という不安です。

上記の背景として、過去にどなたかが分析されていたものでとても面白かったものに、日本市場における"40%ルールへの回帰"がありました。40%ルールについては幾つかの記事がありますが、例えばこちらをご覧ください。

・2020年10月~2021年10月において、日本市場においては、40%ルールとPSRにほぼ相関がなく、売上高成長率とPSRの相関だけが極めて高かった

・2021年10月~2022年4月において、売上高成長率とPSRの相関が弱まってきており、むしろ、40%ルールとPSRの相関の方が上がってきている

つまり、極論すれば、2020年10月~2021年10月は、費用対効果が幾らであれ、とにかく1円でも売上を上げることが、株価に対するインパクトとしては重要であった。それが、足元半年では、"売上高成長率 + 営業利益率" を最大化させることが株価との相関が高い、ということを意味します。

なので、これも正確に分析はできていませんが、今の株式市況を見る限り、一番足元半年で影響が大きそうに見えるのは、"売上高成長率は一定高いものの、営業利益率が低い会社" ではないかと思っています。

SaaS事業を運営する上で意識すべきこと

私自身、CFOとしてオープンエイトの経営を行っていますが、今後、SaaS事業を運営する上で意識すべきこととして、株式評価という観点から凄くシンプルに言えば、"売上高成長率 + 営業利益率を最大化させる" ということになると思います。

ただ、ここに書くことも憚られるくらい、ある意味当たり前のことを言っていると思っていて、投資効率を意識した広告宣伝費 / 人件費投資を行う、キャッシュ運営を意識した投資を行う、など、本来やるべきことをしっかりとやる、ということなのではないかと思っています。

後は、財務運営という観点からは、売上高成長率 + 営業利益率を意識し、コストコントロールを図る中で、融資による資金調達の活用余地は増えているように感じます。金融機関も、SaaSをはじめとするベンチャー企業の特徴・リスクを踏まえた新しい融資方法などを検討するところも増えてきているので、そのようなところを活用することも、1つかもしれません。例えば最近では、静岡銀行がFablic Tokyoに対して新株予約権付融資を実施していたり (https://www.shizuokabank.co.jp/pdf.php/4971/220114_NR.pdf)、あおぞら銀行、静岡銀行と協調でカケハシに対して新株予約権を付したデットファイナンスを実施したりしています。

また、既存事業単体だと、売上成長に従って順調に利益率が上がっていっているが、新規事業への投資により、会社全体としては投資フェーズとして利益率が低い状態が続く、という場合、今後のIRでは、事業毎の利益率開示などが有効になってくるのではないか、と思っています。

最後に

繰り返しですが、2年前にValuation関連の記事を書いた時に比べて、大きく環境が変わっていて、改めて成長 / 変化のスピードに驚いています。ただ、今回自分自身でも書いていて改めて思ったことは、それが私見だとしても、何かしら、今なんでその状況が起こっているかを整理することが、(それが間違っていた場合でも、修正することを含めて)変化になるべくスムーズに対応する、あるいは新しい打ち手を打っていくことに繋がっていくのではないかと考えています。

幸い、過去のnoteなどをご覧頂いて、Finance / IPO / CFO関連の諸々についてお問い合わせを頂く機会が今でも定期的にあり、個人的にも思考の整理や新しい刺激としてとても参考になっているので、是非、今後とも、何かご相談などある方はお気軽にどうぞ。引き続き宜しくお願いします。

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