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ブリティッシュ・アヴァンギャルド・ミューザック③


記憶の中にある曖昧なイメージを、音とヴィジュアルにコピーするのではなく、置き換えることがGhost Boxの創造的ポリシーである。それは頭に描いた図と、実際におこしたそれが一致することを意味しない。自身の内面を延々とさまよい歩く過程の、ログのようなものかもしれない。こうした創造面は「自分たちのやっていることを完全に理解できる相手としかビジネスをしない」という理念の根拠となり、それは経営でも貫徹されている。セールスを生む作品に浮気するのではなく、あくまで自分たちの作品でセールスを出すように取り組むということだ。特に共同設立者たるジム・ジュップは、協力者たちとは必ず口約束をせずに契約書ありきで話を進めるなど、ビジネス面の徹底を強調している。ジュリアン・ハウスのデザインによってモノとしての価値に重きを置いているカタログが、サブスクリプション・サービスに追加されていることも、レーベルの経営を加味してのことだろう。このシビアでロマンティックなやり方を、Factoryのような商業と仲良くなれなかった審美主義者たちのあり得た未来と呼ぶのは間違いではないだろう。
Ghost Boxとその周辺のリリースは日本になかなか入ってこないため、いざ集めるとなると金銭面では少し厳しいのが実情である。サイト公式でもgreenbugを介してデジタル版が販売されているが、それを乗り越えて実物を手に取ってみたくなる魅力がGhost Boxにはある。まずは各種サブスクで、BGM的に流しっぱなしにしてみるのが良いだろう。ジュリアン・ハウスがライブラリーミュージックを讃える時に残した言葉、「交通機関に乗ってる時にシャッフル再生してると、風景に溶け込んで思わぬ印象を残す」は、そのままGhost Boxの音楽にもあてはまる。

The Focus Group 

レーベル設立者の一人であるデザイナー、ジュリアン・ハウスによるプロジェクト。氏が普段手がける装丁・ジャケットデザインの仕事をそのまま音に反映したかのような内容である。後述のBelbury Polyことジム・ジュップと双璧をなす存在で、Ghost Boxのヴィジョンを象徴する音とヴィジュアルを生み続けている。あえてジュップとの違いを挙げるならば、The Focus GroupはボードゲームやSFドラマの雰囲気由来のホームメイドなキッチュさが特徴か。情緒的に書けば、日曜日の午後の日差しについての記憶を描き起こした、少しおどろおどろしいトイポップだ。2013年の『The Elektrik Karousl』ではそれが顕著に表れており、『Hey ! Let loose your Love』(2005)といったコズミック・ホラー的なムードは年々薄まりつつある。
ディスコグラフィの中でも異色であるBroadcastとの共作『Investigate Witch Cults of the Radio Age』は、Belbury Poly的な民俗学的アプローチと呪術的ムードが混在し、『ウィッカーマン』のために書かれたと言われても納得してしまう。

Belbury Poly

ジム・ジュップの頭の中の箱庭こと架空の村ベルべリーで生まれる音楽がBelbury Poly。かの地独自の風土や出来事が音楽として再生されていく、さながら耳で読むホラー小説オムニバスだ。いくつもの古き英国が同居するその空間は、MR.ジェイムスやラヴクラフトの小説そのものと、それらから抱いたインスピレーション(≒恐怖)のパッチワークである。
作曲においてはセシル・シャープなどのフォークやムード音楽をチョップしてはリピッチしたり、他の録音と繋ぎ合わせるのがジュップのやり方である。これにより、古いということだけはわかるが聞き覚えのないフランケンシュタイン的な音響ができあがる。
2012年の『Belbury Tales』からはミュージシャンを招いた実演と前述のサンプルたちをコラージュすることで、より有機的かつアンバランスなイメージの再現に成功している。この方法論は、Nurse With Woundがホットジャズやイージーリスニングの断片を自前の録音で「接続した」『Sylvie and Babs Hi-Fi Companion』や『Huffiin' Rag Blues』と共通していて興味深い。
ジュップはコラボレーションにも意欲的で、英国民俗作家ジャスティン・ホッパーと歌手シャロン・クラウスを招いた『CHANCTONBURY RINGS』では、シャーリー・コリンズから脈々と続くブリティッシュ・トラッドのアーカイヴを音楽学と史学の双方から図る。

Jon Brooks (The Advisory Circle etc.)

Ghost Boxのコンセプトを早くから理解し、レーベルのマスタリングなども手掛ける第三のメンバーことジョン・ブルックス。自身のレーベルKafe Kaputと並行して、Ghost BoxからはThe Advisory Circle名義でエレクトロニック・ミュージックをリリースしている。ブルックスにとっての「エレクトロニック・ミュージック」とは、50年代末から70年にかけて生まれた実験的側面が強いシンセサイザー音楽で、冷戦時代以降のヨーロッパ史を覆う鬱屈とした進歩観に対する記憶と解釈ともいえよう。D.D.Denham名義の作品や、The Advisory Circle『From Out Here』は、Kraftwerkが『放射能』まで描いていた薄暗い未来感が終始漂い続ける怪作。なお、9月には新作『Full Circle』をリリース予定。
絵本作家/イラストレーター・Francis Castleが経営するClay Pipe Musicからも積極的に音源を発表していることは、Ghost Box以降の世代にもブリティッシュ・アヴァンギャルド・ミューザックひいては英国憑在論ベッドルーム派の精神が継承されている証である。

John Foxx

ジョン・フォックスことデニス・レイは、Ultravox!やその後のソロアルバム『Metamatic』などによってUKポストパンク的フューチャリズムを担ったベテランである。マーク・フィッシャー『わが人生の幽霊たち』に収録されているインタビューのように、JGバラード直系の頽廃的ロマンティシズムが2000年代に入ってから再検討された結果、ジム・ジュップとジョン・ブルックスによるコラボレーション「The Belbury Circle」をバックにしたアルバムへと結実した。ここから『Metamatic』に戻り、「Film One」のような曲を再生してみれば、両者が同じ架空の時間軸で鳴らされている音楽であることに気付ける。KraftwerkやPink Floydによって開眼したエレクトロニクスへの期待が、ランカシャー育ちたるデニス自身のルーツ、暗き英国フォークロアと出会うことで訪れたジョン・フォックス二度目の最盛期が本作なのである。
2017年の『Outward Journeys』は80年代末のPCソフト的なジャケットが、Vaporwaveとのニアミスを思わせる。

Pye Corner Audio

マーク・フィッシャーがGhost Box周りでもっとも気に入っていたとされるマーティン・ジェンキンスのプロジェクト。クラブ・ミュージックの要素が他のレーベル所属者たちよりも先行しているのがフィッシャーの琴線に触れた・・・かは定かではないが、単調なビートがダンサブルなだけでなく、催眠的な効果をも発揮するのは、他作家たちにない特色だ。
2012年の『Sleep Games』ジャケットは、フィッシャーが持ち出した人類学者マルク・オジェによる「non-place」を反映させたものである。オジェが説く、空港の乗り継ぎ用ターミナルやショッピングモールなど「通路」として画一化された空間が醸造する非社会的なムード。それを英国郊外に打ち捨てられたビルやコンクリート・ジャングルの名残から感じ取ることで、このアルバムはサッチャー時代(世代)からのサバービア哀歌となった。植物の根幹が持つ機能に着目したという2021年の『Entangled Routes』や、Rideのアンディ・ベルを招いたドローン大作『Emerged!』も推奨。

Moon Wiring Club

個人的に一番推しているのがイアン・ホジソンのMoon Wiring Club(MWC)。Belbury Polyのように、英国北部にある架空の町クリンスケルで起きた出来事をサイケデリックなビデオとビート・ミュージックで伝えてくれる。音もヴィジュアルも世界観もすべてホジソン一人が手がけているという恐ろしさで、ビートはプレイステーション2のシーケンサー・ゲームで打ち込んでいるのもまた驚き。実写と手書きが混在した脈絡なき映像と相まって、『beatmania』のようなリズムゲームで育った人間のオルタナティブと呼びたくなってしまう(本人いわく、エドワルド朝時代のゲーム・ミュージックとのこと)。実際に音楽から映像まで5鍵ビーマニ~『IIDX 8th style』あたりを思わせるが、そこに「ゲームセンター」や「クラブ・ミュージック」という文脈は一切ない。だからこそ、同ゲームに入れ込んだ筆者のような人間には、迷い込んだ見知らぬ土地ことクリンスケルとMWCがもたらすデジャヴに惹かれるのであった。Ghost Boxからのリリースはスプリットシングルが2枚だけなので、フルアルバムのリリースを強く望む。

Roj 

Broadcastの主要メンバーであったロイ・スティーヴンスはソロ・アルバム『The Transactional Dharma of Roj』をリリースしている。「英国の小さな町の一角で起こる文化的かつ精神的な革命」がコンセプトらしく、地方の人間でも別世界へと触れられるきっかけたるテレビやラジオ、あるいは一枚のレコードへの賛歌とも換言できるだろう。2000年に1stアルバムを発表して以降のBroadcastが持つトリッピーで呪術的なムードが、ロイのセンスに寄っていたことを実感できる一枚。全編通してノスタルジックな音像だが、hyperdubのカタログにあるような重苦しいサウンドが編み込まれているところはブリティッシュ・アヴァンギャルド・ミューザックの所以。

Mount Vernon Arts Lab

2001年作『Séance at Hobs Lane』をGhost Boxが2007年にリイシューしたという、少し珍しい出自を持つスコットランドのグループ。白眉はCOILによるリミックス「Hobgoblin」で、欧州の霊的フォークロア探究者とGhost Boxの合流は「失われゆく英国」をアイデンティティにする点で彼らのルーツが等しいことを教えてくれる。リイシュー版のジャケットはもろに60年代のペンギンブックスだ。

The Soundcarriers

ノッティンガムのサイケデリック・ロックバンドは、Ghost BoxにおけるFree Designのような存在感を持つ。トラッドと合流しなかった西海岸サイケデリックとしてのロックはレーベルの中でも異彩を放っているのだが、これ一枚出したきりで交流は途絶えているようだ。Ghost Boxからのロック・ミュージックというコンセプトは、レーベル側も持て余し気味なのか、いかにStereolabが音楽の折衷に成功していたかを思い知る。バンドは数年後に自主レーベルから本作を再発している。

Toitoitoi

ベルリンに住むセバスチャン・カウンツの音楽は、電子音化させた西欧フォーク・ミュージックだが、その構成要素にドイツの大衆音楽「シュラーガー」が入っているところに独自の意匠を見いだせる。大戦後から少しずつ始まった市場主義化(アメリカ化)によって洗い流された古きヨーロッパの記憶を抽出する仕事は、まさにGhost Boxの本懐だ。80年代にDer Planらによって起きた「ドイツの音楽」再興運動、ノイエ・ドイチェ・ヴェレがまだ続いていることを意味する音楽ともいえる。2017年リリースの『Im Hag』もオススメ。

Plone

99年にWarpから一枚だけアルバムをリリースしたトリオ(後にデュオになる)が20年以上の時を経て再結成し、Ghost Boxからキャリア二枚目となるアルバムを発表した。前作の時点でBroadcastを超えるアヴァンギャルド・ミューザックぶりを見せていたように、今作も長閑だがどこか薄暗い気配をまとった、愛らしいメランコリーが詰まっている。この味はフォークロアの影がつきまとうThe Focus GroupやBelbury Polyにはないものだ。

Pneumatic Tubes

ロックバンドMidlakeでフルートとキーボードを演奏するジェス・チャンドラーのソロ・プロジェクト。2019年に再結成したMidlakeが2022年に発表した久々の新作は、チャンドラーが夢の中で亡くなった父親と出会ったことと、それをきっかけに掘り起こされた69年のウッドストックについての記憶が源泉となった作品だった。チャンドラーは個人的かつ神秘的なこの体験に一人で向き合い、バンドの録音と並行して、幼少時に染みこんだ原風景のコラージュこと『A Letter from Treetops』を録音した。霧散したヒッピー・ムーヴメントの陰たる音楽は、ポートランドからノアールジャズを発信し続けるミヒャエル・アーサー・ホロウェイに通じるものがある。

Beautify Junkyards

激しく推したいバンド②。わずかに揺れるグルーヴと呪文めいたささやきが、アシッド・ボサノバとでも形容したくなるトランス感覚を生む。Stereolabがロック・ミュージックのパーツにボサノバやエレベーター・ミュージックを使ったのなら、こちらはエレクトロニカ的テクスチャーのために上記の音楽を溶け込ませている。より踏み込んだ表現をするなら何番目かの21世紀製The Incredible String Band、折衷的という意味でのプログレッシブなUKトラッドである。Kraftwerk「放射能」カバーが入ったデビューアルバムと、2021年の『COSMORAMA』は必聴。
電子音がいいアクセントになったBelbury Polyとの合作『Painting Box』は、ロック・ミュージックおよびアヴァンギャルド・ミューザックの可塑的な性格を見せてくれる。

ポール・ウェラー

The Jam~The Style Councilとして知られるポール・ウェラーが突如発表した7インチ『In Another Room』は、ムーグやフィールドレコーディングをテープ・モンタージュした異色の内容であった。ウェラーがジュリアン・ハウスのデザインを気に入っていたため、Ghost Boxからのリリースに至ったが、音楽だけを見ても同レーベルは最適な場といえる。本作はギタリストが気まぐれや思い付きだけで機材をいじっただけのものではなく、ウェラーの記憶の奥底に沈殿していたテレビやラジオの不可思議な音響を掴み取る思索だ。不思議とジョージ・ハリソン『Electronic Sound』よりも愛らしく聞こえる。Neu!のミヒャエル・ローターにリミックスを依頼するも、そのままお蔵入りになっていると噂の楽曲とは無関係のようだが、それはそれで同曲の所在が気になってしまう。


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