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夫が展覧会を終えるまでの話。

造形作家である夫の舞台は展覧会。今日は展覧会の幕が上がるまでの舞台裏についてお話してみます。

夫・平島鉄也は鋳金(ちゅうきん)を中心とした造形作家で、動物のオブジェやアクセサリーを作っています。鋳金というのは要するに鋳物(いもの)です。鋳物と聞くとたぶん多くの人は南部鉄器の鉄瓶を思い浮かべるのではないでしょうか。鋳型を作って溶かした金属を型に流し込む、アレです。大きなくくりで言えば、鋳物ですから夫の作品も南部鉄器の仲間です。夫は、主にロストワックスキャスティング(脱蝋鋳造)と言って、作りたいカタチを鋳造用のワックスで作ります。そのワックス原型を耐火石膏に埋没、窯で焼成して脱蝋し、耐火石膏の中にできた空洞へ金属を流し込み、取り出した金属を仕上げる、という工程を経て作品を生み出しています。制作のあれこれについてはまた別の機会にお話することにして、今回は展覧会初日の最初のお客さまをお迎えするまでを文章にして駆け抜けてみようと思います。展覧会という舞台の舞台袖(妻目線)からのレポートです。

展覧会の2ヶ月前あたり、展覧会が近づくとまず、作品の撮影を始めます。できれば新作、新作は「順調に遅れて」いることが多く、大抵は準新作の写真を撮り、DM(はがき)を作ります。百貨店やギャラリーなどによる、原稿の校正以外のすべて、つまり作品の撮影、編集、入稿はほとんどの場合、作家に任されています。かつては知人デザイナーにDMデザインをお願いしていましたが、結婚してからはその役割を私が担っております。撮影して、たたき台としてデザイン案を数案作り、夫と選定、さらにブラッシュアップして夫のああだこうだを取り入れてバタバタと校正に出すのです。

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▲過去に制作したDM

夫はカメラのファインダーをのぞき続けるのが苦痛だとかで私に撮影はお任せ。私はなるべく作品を愛でながら撮影しています。作品を観るその眼差しが写真に影響すると考えるからです。デザインもまずは自由にやらせてもらっていますが、選ばれるのはシンプルなモノが多いです。作品周りの演出は控えめがいいようで、私のアレコレ自由すぎる案は大抵、却下。手厳しいのです。
しかし、一度だけちょっと冒険したDMがあるのでご紹介いたします。昨年のコロナ禍での個展DM、新作のチワワのMiniオブジェを使用したのですが「チワワくんのおしりだけ見えている」というデザイン案が通ってしまいました。自分でやっておいてナンですが、少々ビビリました。コロナ禍で来場者は少ないこともわかっているし、たまにはいいか、とのことでおしりDMが誕生することになりました。やったねニヤリ、と、ほんとに?これで入稿していいの?の同居状態でドギマギしながら入稿。お客さまへの発送もドキドキです。
こちらが問題のおしりDM。

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おしりDMを受け取ったお客さまから「これ、すき♡って思った」などなどお聞きしたとき、ほっとしたのを覚えています。夫のDM史に残る問題作であることには変わりありませんが、「うんうん、たまにはいいよね」と思わせていただきました。優しいお客さまの優しいお言葉を食べて生きています。えぇ。

さて、DMの入稿が終わったら、そろそろ作品の準備です。まずは作品リストを作るため、会場の写真や寸法を基に等角図を作り、シュミレーションをします。ほとんどの作品は展覧会前にメンテナンスが必要なため、出品する作品としない作品を分けることで、メンテナンスの無駄を省くのです。

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等角図上のシュミレーションが済むと、作品リストを作ります。百貨店などはプライスカードを作ってくれるので、事前に先方に送る必要があり、これもまたナルハヤ案件です。他の作家さんより必要なプライスカードがあまりに多いため、展覧会が始まると、プライスカード担当者が「どんだけ作品持ってきてんのかと思って」と言いながら観に来たことがあるほどです。ご担当の皆さま、いつもすみません。

作品リストができたら今度は怒涛のメンテナンスです。夫が制作の手を止め、持参する作品を磨き上げます。銀のアクセサリーは温泉につかると黒くなる場合がありますよね。これを硫化といい、銀のアクセサリーをつけないで置いておくだけでも緩やかに硫化してゆきます。ですから、展覧会という舞台の前に作品たちを磨き上げています。おめかしですね。これには1週間必要です。数が多いからです。大変!
「展覧会」というと品良く、ポツリポツリと作品が鎮座しているイメージの方も多いと思います。メンテナンスが大変なら、並べる作品を減らしてポツリポツリでもいいのでは?とお考えの方もいらっしゃるかもしれません。しかし夫の作品展は、ゴッチャリ。夫曰く、おもちゃ箱をひっくり返したような展覧会にしたい、とのことです。私たちも展示数を減らすべく「作品をAチーム、Bチームに分けて交互に出品する作戦」を試みました。しかし、あの子もこの子もカワイイ作品ばかり。どうにも「こっからここまでは今回持っていかない」という決断ができない親ばかだったりします。工房の名前をT-BOXとしていますが、これにはToy Boxという意味も含まれています。というわけで、やっぱりゴッチャリ展覧会。

はい。作品が磨き上げと並行して行うのが値札のチェック。新たに補充されたものは値札が無いので付けます。これがなかなか面倒な作業でした、かつては。先ほど「数が多い」と申しましたように、夫の作品には型があり複製ができるので、個展となると古くは学生時代の課題で作った作品から新作まで並べることができます。その数、300種以上。私が管理している値札の数は400を超えます。その値札ををかつては、シッパー付きビニル袋になんとなく分けて収納し(あ、値札は使いまわしております、敬礼!)作品の品番が分かる作品リストを片手に、その値札たちの中から欲しい値札ゴソゴソ探す、という作業を繰り返すわけです。かつては、というのは、一念発起して私、値札管理改革を行いました。それがこちらです。

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無印のミニ封筒に品番と作品名を書き、その中に該当する値札を入れました。封筒の順番がわかるよう裏には通し番号を振ってあります。私、天才です。というかなぜもっと早くこうしなかったのか。リスト不要のラクチン値札探しでございます。
値札が付きました。この時点で展覧会まであと3~4日というところ。ここからはどんどん梱包。作品リストにチェックを入れながら、梱包してゆきます。これに半日。ここでも私の改革の成果があるのですが、その話はもう少し後で書きます。搬入前日、作品や備品その他の発送です。

搬入当日。いよいよここまで来たぞ、のタイミングですがここまでですでにクタクタ。でももう少し。頑張ります。ギャラリーだと搬入日は休廊して昼間に搬入できることが多いのですが、百貨店は夜間の搬入が多いです。多くは閉店後。閉店後の百貨店、搬入日はフロア全体が商品の入れ替えなのか、わっしょいわっしょいと皆さん忙しく働いています。お祭り騒ぎという言葉を思い出します。
まずは梱包を解きます。夫は大きな作品を、私は小さなオブジェやアクセサリーをとにかく箱から出す!そしてシュミレーションに従ってどんどん作品を並べて行きます。全部箱から出たのを確認したらプライスカードを並べます。残念ながら、シュミレーション通りに置けば完璧!とは行かず、並べ終わってから調整が必要ですが、ここで第一のタイムアップ。宵っ張りでなかなか寝てくれないふたりのこどもたちを同居のお義父さんお義母さんに預けているので、早く休むお義父さんお義母さんと交代しに、私だけ帰路につきます。残る夫は夜遅くにだいたいの展示を終えて帰って来ます。だいたいの、とは、そうです、終わっていないのです。百貨店や終電の都合で途中で切り上げざるを得ないといのが恒例。第二のタイムアップです。あとは翌朝、開店前に調整を終えて、いよいよ開店。お客様を迎え入れます。

DMを作り始めてからここまで、お話した作業のほかに、間に合うかどうかの新作仕上げ、作品の補充を並行して行い気が休まらない日々でしたが、いざ始まると、会いに来てくれるお客さまとの再会、新しいお客さまとの出逢いがあり嬉しいものです。そして作品を求めてくださる方々には感謝ばかり。あっという間に約1週間の展覧会は終わってしまうのです。

家に帰るまでが遠足、工房に戻った作品の梱包を解くまでが展覧会なので、展覧会という舞台終演後のこともお話させてください。
展覧会が終わると搬出です。これも百貨店だとほとんどが閉店後に再びわっしょいです。夫の作品は、お客さまに作品をお渡しするときに使用する化粧箱ではなく、梱包用に少し大きな箱を用意して、まとめて作品を収めています。これが、以前は適当な「お菓子の空箱たち」だったのですが、これには問題がありました。強度や使用感には問題のないモノと選んでいたのですが、大きさがマチマチ。発送用のコンテナ内に収める際、毎度テトリスなのです。搬出の佳境で周囲には私たちに終わりの挨拶をせんと待ってくださっている百貨店の方がチラホラいる中で、コンテナにうまく入らない!うーん、もう一回やり直し!ということをやっていました。箱の向きを変え入れる順番を変え、どうにかコンテナに収めます。これはふたりでやるとややこしくなるため、夫に任せるのですが、テトリスをしているときの私の冷や汗、早く早く・・・を解消しようと決意しました。先ほど申し上げたもう一つの改革です。私、えらい。

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発送用の丈夫なコンテナは毎回同じなので、箱に収まりのいい箱を作ってみました。「1」と書かれた箱は数字の向きを合わせるとコンテナの一番下に隙間なく収まります。「2」も同様にコンテナの2階に収まるという箱たち。

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3階は目下建設中でございます。私、天才。これで閉店後の空調が弱まった百貨店で、冷や汗をかきながらテトリスを見守る時間がなくなりました。それまで、梱包の仕方は私たちにしかわからない状態でしたが、作った箱も作品に合わせて作っているので、内容を明記することで、ひとに手伝ってもらうことも可能になりました。夜遅い搬出など、私が留守番する場合も百貨店のひとに夫の搬出作業を手伝ってもらえます。これで作品たちは速やかに梱包されて工房に送られます。工房に戻ると展示スペースへと、また荷解き。こうして夫の晴れ舞台は幕を閉じ、ようやく日常が戻ってきます。

晴れ舞台の華々しさはきっとどの分野でも、こうした地味な作業の積み重ねに裏打ちされているのだろうなぁと想像します。ひとつとして勝手に生まれたモノなどは無く、どれもが誰かの地味で尊い作業の賜物なんですよね。そう思うと、世界はキラキラと輝いて見えてくるし、そうあるように丁寧に仕事をしたいと思うのです。

徒然なる舞台裏話、ここまで読んでいただきありがとうございました。たまにはこんな話もいいかなぁと思ってさ。ではまたお目にかかります。


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