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クリエイターは、楽しんでナンボ

僕はかれこれ20年以上、フリーランスの映像クリエイターとして仕事をしている。お陰様でコロナ禍にあっても忙しく、持続化給付金の獲得に向け可能性を模索するもその余地がなかった。そのように仕事ができているのは勿論仕事関係者の皆様のお陰である。自分としてもそんな皆様の、ひいては社会の役に立ちたいと当然ながら思う。

そこで、映像制作に関し自分が学んだこと、考えたことを「映像制作のシラバス」というマガジンの形で書くことにした。不定期かつ非シーケンシャルなので順に読まなくても大丈夫だ。

ところで、僕が今現在多少でも皆様の役に立てているとすれば、それは制作する映像が需要をある程度は満たしているということなのだろう。その理由を自己分析すると、それは20年以上ずっと映像制作を楽しんでやってきたからかもしれない。一般的に作品からは作り手の気分が伝わるので、「いっちょ面白いことをやったれ」と思っていない作品からは義務的な気分が伝わってしまう。そのような仕事は人の心を動かさず、よって成功ともみなされず、結果的に誰の役にも立てない。つまり物凄く大雑把にまとめれば、少なくともクリエイティブに於いては「役に立つ=自分が楽しむ」なのである。

「とにかく社会の役に立たなければ」と考えるとハードルが高いが、自分が楽しめれば良いというならそうでもない。この高くない目標さえ達成されていれば、少なくともそのプロジェクトは自分にとって成功である。他者の役に立つというのは、その自分にとっての成功が更に波及した結果であって、自分が楽しくないのに他人だけ楽しいということは基本的にない(あってもその楽しさは前時代的であることが多い)。

Youtuber全盛の今、動画制作に挑戦しそこから利益を得たいと考える人も非常に多くなっている。そのようなニーズに単純に応えようとすると「こうすれば手軽に動画が作れて儲かりまっせ」的な言い方になり、制作自体が楽しいという観点が抜け落ちがちだ。勿論楽しくなくてもその人のやりたいことが成立するのなら問題はないのだが、かと言って楽しんでバチが当たるものでもない。
逆説的だが仮に利益だけを追うにせよ、本当に長期的に利益を出すことを考えれば考えるほど、本質を追求して深く楽しむことの必要性は高まっていく。勿論、利益に興味がない人が趣味として取り組んでも映像制作の楽しさは1ミリも損なわれない。

僕がこのシリーズで書きたいのは、その楽しさである。「こうすれば儲かりまっせ」のような話はなるべく避けて、できるだけ本質を書こうと思う。お付き合い頂ければ嬉しい。

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ほう、こんな記事にスキするとはあなたもナカナカですね・・・
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映像クリエイター(CM、PV、CGなど) / フォトグラファー(広告写真、ポートレートなど)。noteでは仕事で感じたこと、考えたことを共有していければと考えています。スキ、フォローはお気軽に!https://tomo-hirasawa.com/