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日本のアニメは何故ハリウッドに負けないのか

先日「ハリウッドのCGは何か凄いのか」を書いた。ハリウッドのCGが他の追随を許さないのは事実なのだが、それはあくまでもフォトリアルな表現に於いてだ。写実性や映像の整合性をひたすら追求する競技では彼らは最強なのだが、その競技で優勝することが本当に観客の幸せなの?という、不思議な疑問を持つ人々がいる。それが日本のアニメ制作者だ。

ここで「日本」を持ち出すのもどうかと思うのだが、そのような独特のアプローチで映像が制作されたメジャー作品は日本以外では殆ど見かけない。だからこそ日本のアニメはハリウッドに勝ちもしないが負けもしないような独特のリスペクトを獲得しているのだろう。ではそのアプローチとはどのようなものなのか。

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「ガールズ&パンツァー」というタイトルを聞いたことのある方もいるかもしれない。競技としての安全な戦車戦が存在する架空の世界を描いたアニメで、熱狂的なファンも多い。特に中高年男性のファンを「ガルパンおじさん」と呼ぶのだが僕もそこに含まれている。

この作品の戦車は主に3DCGで描かれているのだが、それが手描きのキャラや背景と見事に調和しているのだ。このさじ加減が既に「ハリウッドに勝ちも負けもしない特殊センス」なのだが、文章で噛み砕くのが難しいのでもう少し端的な例を挙げる。それは爆発の表現である。

本作の戦闘シーンに於ける爆発は「原則CG、但し登場人物たちに影響する爆発は手描き」という方針で描き分けられているのだ。当然どんな爆発も爆発に変わりないので、そんな非科学的(?)な分類で表現を変えたら統一感が損なわれると思うのが普通だ。でも実際にはこの分類がとてもしっくり来るし、むしろ心理的にはこのほうが自然なのだ。

前回書いた「軍人の脇の家具」は特殊な方法だが、それでもできあがるのは旧来の意味での統一感のある映像だ。ガルパンの描き分けはその枠からはみ出しており、まさに日本のアニメならではという感じだ。

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統一感がなくてもしっくり来る表現がある、ということは分かった。そこから更に発想を羽ばたかせれば、しっくり来ないこともまた表現なのではないか、という境地に行き着く。ここまで来るとニュートン力学と量子力学くらいパラダイムが違うが、その量子力学をやっているのが押井守である。

「スカイ・クロラ」という押井守のアニメ映画では、3DCGによる空中戦が話題になった。戦闘機が飛ぶ際の空気の震えまでもが伝わってくるのだ。

ところが、2Dで描かれた地上のシーンでは一転して臨場感が消えてしまう。例えば主人公達がオープンカーに乗るシーンでは、悪路を走っているはずなのに車は揺れず、まるで安い合成のように背景だけが流れていく。

これは勿論、主人公達にとっての現実感のある場所とそうでない場所を印象づける為の描き分けなのだが、3Dと2Dの違和感を狙って出すというのはかなりアクロバティックな発想である。勿論ハリウッドの超優秀なクリエイターは「スカイ・クロラ」を観た瞬間に意図を察するだろう。ただ映像ビジネスのあり方としてそう簡単には挑戦させてもらえないはずなのだ。

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このエッセイでどこまで踏み込むか迷ったのだが一応その先も書こう。整合性すら捨てた更にずっと先には、そもそも観客に伝わるように表現すること自体が些末なのではないか、という思想も存在し得る。そうなったら単に作品をつくり、誰にも見せずに消すだけである。そのような境地を繰り返し描いているのは「スカイ・クロラ」の原作者、森博嗣である。

勿論どんなに斬新なコンセプトも表現も、それを盛り込んだ実験的な作品は世界中に存在するだろう。でもそれがポップなアニメの中になんでもなく紛れ込むのは日本ではありふれた、そして他の制作環境では珍しい現象であるように思う。先程書いたようにハリウッドにはそれが分からない、ということではない。そこを敢えて目指さない選択をしたのが彼らなので一概に比較はできないが、それにしてもこの方面での日本の豊かさは相当なものだと思うのだ。

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べっ、別にアンタの為に書いたんじゃないんだからね!///
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映像クリエイター(CM、PV、CGなど) / フォトグラファー(広告写真、ポートレートなど)。noteでは仕事で感じたこと、考えたことを共有していければと考えています。スキ、フォローはお気軽に!https://tomo-hirasawa.com/