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シリアルキラーの最後の恋人

私の心には、いつからか、一人の連続殺人犯がいる。

念入りに断っておくが、私が殺人衝動を抱えているという話ではない。この連続殺人犯は、私の人格と独立したキャラクターであって、私が私の自意識や周囲の人間との関わりについて考えるための道具のひとつである。10代の頃、穂村弘のエッセイを愛読していたのだが、彼が「世界のシリアルキラー」についてのムック本を読んでいる、というエピソードがあちらこちらに出てきていた(この文章を書くにあたりいくつかの本を確認したが、ムックのことは複数回書いてあった。ディアゴスティーニの定期購読シリーズのようなやつらしい)。それが記憶にこびりつくうちに、私の中で出来上がった架空の連続殺人犯だ。

出身も職業も年齢も、あなたが好きに想像してかまわない。いちおう私の設定では、30歳を少し過ぎた男性で、恋愛対象は、本人と周囲が理解している限りでは女性であり、これまでに4〜5人の女性との交際経験があるということになっている。交際相手とはおそらくかなり一般的といえる人間関係を築いているが、それとは別に、とあるタイプの女性に異常に興奮する性癖を持っており、10代の頃から断続的に、その特徴に当てはまる10人以上の女性を、殺人している。犯行はまだ明るみになっておらず、その法則も被害者も、知っているのは彼だけだが、話はとても単純だ。黒髪前下がりボブカットの女だけが殺されている。もし彼の犯行が世に知れ渡り、まさに「世界のシリアルキラー」のような本に掲載される場合には、1ページ余りが、ボブカットの女で埋め尽くされることになるだろう。

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