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平野啓一郎|小説『マチネの終わりに』後編

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平野啓一郎のロングセラー恋愛小説『マチネの終わりに』全編公開!たった三度出会った人が、誰よりも深く愛した人だった―― 天才ギタリスト・蒔野聡史、国際ジャーナリスト・小峰洋子。四十… もっと読む
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#楽器

『マチネの終わりに』第七章(7)

「想像するだけでも辛そうだね。痩せた?」 「かなりね。それで、口の中はともかく、手足は、…

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『マチネの終わりに』第七章(8)

「せっかく久しぶりに会ったのに、湿っぽい話になってしまって悪いね。」 「ううん、全然。」…

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『マチネの終わりに』第七章(9)

 武知は、そう言って肩を揺すって笑った。蒔野は、音楽業界の惨状は言うまでもなく知っていた…

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『マチネの終わりに』第七章(10)

 ただもう、自然に忘れるに任せて、洋子のことは考えないようにしていた。彼女の急な心変わり…

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『マチネの終わりに』第七章(11)

 ザハ・ハディッドが月をイメージしてデザインしたという流線型のシルバーのソファに腰を下ろ…

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『マチネの終わりに』第七章(12)

 今年の二月にNYダウ平均が七〇六二・九三ドルで底を打ってからというもの、株価は鰻登りに…

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『マチネの終わりに』第七章(13)

 学生時代にニューヨークで過ごした時には意識しなかったが、年齢が年齢で、また付き合う層のせいもあって、洋子は、自分の周りにこんなにたくさん整形手術を受けている人がいるということに、まだ慣れなかった。老いに対する決して勝つ見込みのない戦い。――徹底抗戦の構えを見せるどの顔も、戦況は思わしくなかったが、彼女たちにしてみれば、老いの先兵がこんなに平然と顔の方々で陣取り始めている自分の方こそ、神経を疑われているのだろう。  ヘレンも美貌だが、頬や目尻といった感情の出やすい部分が動か

『マチネの終わりに』第七章(14)

 アメリカ人だからだろうか? しかし、洋子は今、一歳になったばかりの男の子――ケンという…

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『マチネの終わりに』第七章(15)

 今日は、口を開けばそうなるに決まっているから、とにかく黙っているつもりだった。それが、…

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『マチネの終わりに』第七章(32)

 一年半もギターに指一本触れていなかった蒔野は、復帰までには、最低でも一年は必要だろうと…

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『マチネの終わりに』第七章(33)

 蒔野は、ようやく老人介護施設への入居が決まった祖父江が、旧朝香宮邸の庭園美術館で催され…

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『マチネの終わりに』第七章(35)

 そういう世界が、こことは違った、どこか別の場所に存在していて、その幸福に浸っている自分…

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『マチネの終わりに』第七章(36)

 蒔野は、まるで先ほど、洋子のことを考えていたのを見透かされたかのようなその忠言に動揺し…

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『マチネの終わりに』第七章(37)

 酷い有様だった。しかしとにかく、目の前の楽器を弾けないというあの耐え難い苦しみは、終わったのだった。それを実感し、安堵すると、彼は、自分がつい今し方まで捕らわれていた恐ろしい場所を振り返った。そして、もう二度と戻りたくないと心底思った。  皮が薄くなってしまった指先には、弦の摩擦の初々しい痛みと熱が残っていた。どこか照れ臭いような喜びが、全身に染み渡っていった。  ――なぜ一年半もかかってしまったのだろう?  まったく指が動かないのではと恐れていたので、案外、覚えてい