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平野啓一郎|小説『マチネの終わりに』後編

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平野啓一郎のロングセラー恋愛小説『マチネの終わりに』全編公開!たった三度出会った人が、誰よりも深く愛した人だった―― 天才ギタリスト・蒔野聡史、国際ジャーナリスト・小峰洋子。四十… もっと読む
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2015年9月の記事一覧

『マチネの終わりに』第六章(54)

 彼という人間が、考えに考え抜いて、こんな身勝手なタイミングにまでずれ込んでしまったその…

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『マチネの終わりに』第六章(55)

 洋子は、音楽に、自分に代わって時間を費やしてもらいたくて、iPodをスピーカーに繋いで…

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『マチネの終わりに』第六章(56)

 照明が眩しかった。彼のために、空港のトイレで化粧を直して以来の自分自身との再会だった。…

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『マチネの終わりに』第六章(57)

 後戻りするつもりはまったくなさそうで、その上でこちらの反応を気にしている様子だった。最…

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『マチネの終わりに』第六章(58)

 自分にせよ、パリで彼女がコンサートに来なかった理由を説明されたあとでは、当然のように、…

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『マチネの終わりに』第六章(59)

 蒔野は、洋子の自分に対する態度に、これまで知らなかった冷たさを感じた。  自分に会いた…

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『マチネの終わりに』第六章(60)

 彼が長らく思い悩んでいたということには、時が経つほどに同情的になっていた。しかし、それを伝えるあのメールの悲愴な口調には、彼がほんの気散じにつきあっていたような女にこそ相応しい類の、そこはかとない安っぽさがあった。  “芸術家としての苦悩”などという物珍しい理由をあんなふうに切り出されたならば、大抵の女は面喰らって、彼との関係を諦める気になるだろう。  しかし、自分に対しては、もっと違った打ち明け方があったのではなかったか? そんな、相手が誰であろうと怯むような、散々使

『マチネの終わりに』第六章(61)

 長崎へ行く当日の羽田空港では、飛行機に搭乗し、ドアがロックされる最後の瞬間まで、蒔野が…

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『マチネの終わりに』第六章(62)

 元気そうだったが、祖母が庭で転倒して亡くなっただけに、母の独り暮らしも気懸かりだった。…

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『マチネの終わりに』第六章(63)

 高校までスイスで過ごし、アメリカの大学で教育を受け、長くフランスで生活している洋子から…

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『マチネの終わりに』第六章(64)

【あらすじ】蒔野は、急病に倒れた恩師の元へ駆けつける際に携帯電話を落とし、ちょうど来日し…

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『マチネの終わりに』第六章(65)

 長い間、長崎に生き残していた自分を、今改めて生き直している。だからこそ、彼女が原爆につ…

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『マチネの終わりに』第六章(66)

 自分はそして、いつまで、このバグダッドでの生活に適応してしまったままのからだを生き続け…

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『マチネの終わりに』第六章(67)

 伊王島のホテルまで車で行く道すがら、洋子の母は、運転しながら唐突にこう言った。 「リチャードと復縁したら?」  洋子は、レイバンのサングラスの隙間から、ちらと覗いているその目を覗き見た。もう昔のように、海外生活の長い日本人らしい、目尻をキュッとつり上げた濃いアイラインの引き方はしなくなっていた。 「彼のこと、嫌いになったわけじゃないんでしょう?」 「そんなこと、出来るわけがないし、そのつもりもないの。もう終わったことだから。」 「もう、あなたのタッジオもいなくなっ