マガジンのカバー画像

平野啓一郎|小説『マチネの終わりに』前編

141
平野啓一郎のロングセラー恋愛小説『マチネの終わりに』全編公開!たった三度出会った人が、誰よりも深く愛した人だった―― 天才ギタリスト・蒔野聡史、国際ジャーナリスト・小峰洋子。四十… もっと読む
運営しているクリエイター

2015年6月の記事一覧

『マチネの終わりに』第四章(32)

「美も仕事を選んでるのよ、その分。もう良い仕事だけすれば十分な存在なんだから。」 「うま…

30

『マチネの終わりに』第四章(33)

「それは、そうね。ここの人たちは、数代前の先祖は全然違う土地に住んでたっていうの、本当に…

33

『マチネの終わりに』第四章(34)

 蒔野は、笑みそのものが抜け落ちてしまったあとの自分の笑顔を持て余した。  洋子がその一…

27

『マチネの終わりに』第四章(35)

「そう?」 「全然。わたしは、自分が何になりたいのか、ずっとわからなかった。よくある話だ…

33

『マチネの終わりに』第四章(36)

「洋子さんが自殺したら、俺もするよ。これは俺の一方的な約束だから。死にたいと思いつめた時…

35

『マチネの終わりに』第四章(37)

 洋子は、蒔野のその言葉とその姿に、激しく心を揺さぶられ、頬を紅潮させた。しかし、溢れ出…

34

『マチネの終わりに』第四章(38)第五章(1)

 蒔野は、ほとんど諦念の響きさえある声で、少し間を置いてから言った。 「洋子さんを愛してしまってるというのも、俺の人生の現実なんだよ。洋子さんを愛さなかった俺というのは、もうどこにも存在しない、非現実なんだ。」 「……。」 「もちろん、これは俺の一方的な思いだから、今知りたいのは、洋子さんの気持ちだよ。」  混雑していた店内は、いつの間にか、客が疎らになっていた。彼らの右隣にはもう客はなく、左隣の客も帰り支度を始めていた。  洋子は、唇を噛んで落ち着かない様子で俯き

『マチネの終わりに』第五章(2)

 演奏は、必ずしも悪い出来ではなく、会場の反応も良かった。指揮者もオーケストラも、終演後…

31

『マチネの終わりに』第五章(3)

 他人の演奏を聴いていて、集中力を欠いてくると、いつの間にか、パリの洋子のことを考えてい…

26

『マチネの終わりに』第五章(4)

 ここ数年、ロドリーゴ国際ギター・コンクールやGFA国際ギター・コンクールなど、出場した…

29

『マチネの終わりに』第五章(5)

【あらすじ】蒔野はパリで洋子と再会し、洋子の結婚を「止めに来た」と愛を告白する。洋子も彼…

28

『マチネの終わりに』第五章(6)

 かつては蒔野自身が、そのような寂寥を湛えた年長のギタリストたちを前にして、幾分当惑しな…

27

『マチネの終わりに』第五章(7)

 年齢的に、抱えている問題は似たり寄ったりのはずだったが、お互いに、あまり真剣に悩みを打…

30

『マチネの終わりに』第五章(8)

 何もこんな派手な場所ばかりではない。蒔野は、早くに死んでしまった両親を思い出して、洋子なら、あの二人ともきっと気さくに会話を楽しんでくれただろうと想像した。今はもう人手に渡ってしまった実家の、あの寒々しい、お世辞にもきれいとは言い難かった風呂でも、笑って気にせず入ったんじゃないか。……  洋子を通じて、自分はもう一度、このヨーロッパという世界と出会い直せるのではないかと、蒔野は思った。自分がこれまでに知ってきたこと、これから知るであろうことについての、彼女の意見を聞きたか