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平野啓一郎|小説『マチネの終わりに』前編

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平野啓一郎のロングセラー恋愛小説『マチネの終わりに』全編公開!たった三度出会った人が、誰よりも深く愛した人だった―― 天才ギタリスト・蒔野聡史、国際ジャーナリスト・小峰洋子。四十… もっと読む
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2015年3月の記事一覧

『マチネの終わりに』序(1)

 ここにあるのは、蒔野(まきの)聡史と小峰洋子という二人の人間の物語である。  彼らには…

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『マチネの終わりに』序(2)第一章(1)

 私自身が最初に知っていたのは蒔野聡史の方で、後には小峰洋子とも連絡を取るようになった。…

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『マチネの終わりに』第一章(2)

蒔野のこの夜の演奏は、後々まで、ちょっと語り草になるほどの出来映えだった。  メインは新…

75

『マチネの終わりに』第一章(3)

 蒔野は、カーテンコールの度に、少しずつニュアンスの違う洗練されたお辞儀をした。満足感を…

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『マチネの終わりに』第一章(4)

 三谷は、楽屋に入る前の蒔野から、ノックしないでほしいと、一言、言い渡されていた。その意…

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『マチネの終わりに』第一章(5)

 細く白い首には、黒と萌葱色のチェック地に、花柄がちりばめられたストールを巻いている。軽…

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『マチネの終わりに』第一章(6)

「是永さん、そんなこと思ってたんですか?」 「みんな言ってますよ! でも、残念でしたー。洋子さん、フィアンセがいますから。大学時代の同級生で、蒔野さんとは全然タイプの違う経済学者さん。アメリカ人。」  蒔野は、うっかり美術品に触れようとして注意でもされたように手を引っ込め、 「それは残念。しかし、その最後の『アメリカ人』っていうのは、何なんですか?」  と言いながら、彼女の左手に目を遣った。薬指にプラチナのリングが覗いていた。  洋子は、その屈託のないやりとりの中で

『マチネの終わりに』第一章(7)

「二番目の日本人の妻の娘です。わたしが物心つく前に離婚してますから、父と一緒に生活した記…

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『マチネの終わりに』第一章(8)

     *  間接照明の仄暗い店内は、予約したテーブルを除いて満席の賑わいだった。  …

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『マチネの終わりに』第一章(9)

「それはそうですよ。」 「あの番組で対談して、話が盛り上がったじゃないですかとか、そのあ…

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『マチネの終わりに』第一章(10)

蒔野の隣で、話の間、関係者の料理をよそっていた三谷は、 「蒔野さん、喋らないと素敵なんで…

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『マチネの終わりに』第一章(11)

洋子は頬を緩めると、ワインを一口飲んで言った。 「バグダッドに行く前に、何か美しいものに…

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『マチネの終わりに』第一章(12)

「でも、本当は父の母語のクロアチア語を話せるようになりたかったんです。わたし、子供の頃は…

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『マチネの終わりに』第一章(13)

「わたしの母のルーツは長崎です。」 「えっ、九州なんですか?」  三谷は、テーブルの端の者まで振り返るような大声を出した。 「ええ。夏や冬には、よく祖母の家に遊びに行きましたから。海でも泳いだし。」 「へー、急に親近感が湧きますね。なんか、日本人って感じで。」 「日本的だと思います、わたし。実際、よく言われますし。父の方はルーツが複雑なんです。父方はオーストリア系イタリア人で、母方は元々はブルガリア系ですから。でも、母はシンプルです。祖母の真似をして、長崎弁も覚えま