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セルモーターとワルモーター

中老の男(72)を最初に見かけた時に僕の心を鷲掴みにしたのが「4人で世界は変えられる」だった。そしてそういうムーブメントを興す奴らのことを「セルモーター」と呼んでいた。参加型社会を生み出すのはセルモーターの存在なんだ!と画面の向こうで叫んでいた。なんだこいつ、面白すぎると思った。そもそもなんで橘川幸夫を知ったかと言えば、浅田さんとの熱中小学校の講師だったからなのだが、そこに打算的なものがなかったかというと、打算だらけだった。

伝説の雑誌「ロッキングオン」の創刊メンバーであり、たくさんの著名人たちが彼を慕っているという。僕は音楽フェスが大好きだから、この人と付き合って行ったらきっと僕にもいいことがあるだろうという損得勘定がなかったかというとありまくりだった。

俺の中のワルモーターが暴れていた。今でもワルモーターが回ってしまうことがよくある。

セルモーターはワクワクするコトを生み出し、何人かのセルモーターが集うと、やがれそれらの小石としてのわれわれがゴロゴロと転がり出し、やがてローリングストーンとなり、大きなムーブメントになっていく…。それがセルモーターだ。

一方のワルモーターは自分の承認欲求のためにワクワクを探している。だから基本的にテイカーになる。それを中老は「虎のそばにいる狐」と呼んだ。

平野、お前は狐だ。
誰でも最初は虎の近くをウロウロしている、虎の威を借る狐だ。ファンでもつけて文化人にでもなるつもりか?そんなことしてると崇拝されちまうぞ。いいのか?

…最初は言ってる意味が分からなかった。虎がすごくて狐がすごくないくらいの話かと思ってた。でもだんだん「自分のことはわりとどうでもいいや」と思うようになると、周りで僕の遊びに付き合ってくれる人が増えてきた。ありがたいと思った。

するとセルモーターでありたいと思うようになった。でも、たまに自分の承認欲求のためにワクワクや人の熱を使おうとしてしまう自分がいた。つまり、相手を利用しようとする自分だ。それでも付き合ってくれる人はいた。むしろ無条件で僕のことを慕ってくれる人はその方が喜んだ。でも一緒にいてほしいと思う人ほど、そういうときの僕を少し悲しそうな目で遠くから見るようになった。僕に依存してる人だけが、ワルモーターの僕を喜んだ。

中老は言った。

虎は孤独だ。自分で道を見つけないといけない。狐の方が楽なんだよ。虎が歩く後をついていけばいいんだからな。
だけどな、平野、いつまで狐でいるつもりだ?
そんな人生でいいのか?お前。誇り高く生きろよ。

その意味をほんの少し理解できるようになるのは、そこからさらにかなりの時間を要した。そしてそれはあまり公な言葉にしなくても良い種類のものだった。

#中老の男

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さまざまな私塾がネットワークされたYAMI大学。橘川幸夫が学部長の「深呼吸学部」もその一つです。深呼吸学部の下の特別学科の一つが「旅芸人の…

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