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本質が伝わる。育むが始まる。

岐阜県美濃加茂市に美光技研という会社がある。金属の研磨にこだわりをもった会社だが、存在意義、提供価値として掲げているのは、「美しく光る金属を研磨で創造し、意匠性の高い感性価値を提供する」である。

この言葉からどんな会社、製品を連想するだろうか。美光技研のホームページを見ると、「金属の質感を生かしながら、唯一無二の個性を商品に与えます」、「50年近くにわたって培ってきた技術、経験、ノウハウなどを生かして、お客様の商品の差別化・ブランディングに貢献します」とある。

さらに、「多彩な模様が光を反射することで素材に立体感や動きが生まれ、高級感や落ち着いた雰囲気を醸成します」と続く。

簡単な言葉が人々を巻き込む!

ここまで読んで、思わず美光技研のホームページを見に行った人はいないだろうか。ここにはリンクを貼っていないので、それでも見に行った人にはかなりの興味が湧いていたに違いない。そして、数々の製品の写真を見て、実物を見てみたいと感じた人も多かったと思う。私と美光技研の出会いもそんな感じだった。直後に工場にも訪問したが、光を操るという世界観にすっかり引っ張り込まれてしまった。

(写真:株式会社 美光技研)

それから、気づいただろうか。冒頭の表現は、ホームページから抜き出したものだが、それらを含めて、どのページを見ても、専門用語がとても少ないのだ。ヘアライン加工、スピン加工など、探せば無いわけではないが、一般的な中小モノづくり企業のホームページとは明らかに異なる。

通常は、保有している設備、実現できる精度、〇〇性の数値やグラフ、加工方法の独自性などが謳われている。要は専門家にしか分からない表現、専門家なら唸る表現が詰まっているのだ。

一方、美光技研の表現は、普通の人の分かる簡単な言葉が使われている。技術は、カタカナで定義された専門用語ではなく、「光りを纏うことで金属が動きを魅せるこの技術」などと表され、人々の妄想を掻き立てる。「あそこに使ったら凄い事になるんじゃないか!」といった感じだ。

実際、高級サウナを作っている友人に美光技研を紹介したところ、次の日には社長にコンタクトしていた。釣り旅館をやっている女将は、アクセサリーのような釣りのルアーを作ってみたいと食い付いてきた。感性価値を生み出せる可能性を感じて、創作意欲が湧いたということだろう。

この2人には、美光技研の技術や製品にどんな本質を見たのかは聞いていないが、美光技研と共に光を操って、自らの作品を生み出すという新たな取り組みが既に始まっている。

株式会社美光技研の外壁 (写真:株式会社 美光技研)

本質とは、対話と変化を生む価値

美光技研の本質は、「光を操り、感性に響く価値を生み出すこと」といった感じだろうか。これは、どの製品にも共通する拘りで、人の感情を揺さぶるものだ。この本質を、日々研鑽してきた「金属の研磨」という技術で、こだわりを持って貫いてきた。生み出した価値は受け手に伝わり、受け手の中に変化が生まれる。それは創作意欲だったり、探究心だったりする。

こんな対話や変化が「本質が息づいている姿」であると捉えるべきだと思う。もちろん、すべての本質が万人に対話や変化を生み出せるわけではない。それぞれの本質で受け手はそれぞれだ。また、最初は誰も見向きもしなかった本質でも、長い年月を経て対話や変化を生み始めることもあると思う。

ただ、何より大事なことは、伝える側が受け手をしっかりと見据えて「対話をする」という意志を持っていることだと思う。これなしには、「本質が息づいている姿」など、生まれることはないと思う。極端な言い方だが、何らかの技を磨き続けたり、何らかのテーマを研究し続けたりするだけでは、本質の姿には決して届くことはない。受け手との対話や受け手の変化を生み出すべく、能動的かつ簡単な言葉で伝える努力が必要なのだ。

そして、これはもちろんモノづくり企業に限ったことではない。サービス業でも、アートでも、更には文化でも全く同じだと考えている。殻に閉じ籠っている、もしくは一方通行では、どんな本質も受け手には伝わらず、物事が盛り上がることなど無いのは当たり前だ。

言語化して懸命に伝える

製品や事業でも、文化や土地でも何らかの物事の話をしていると、「〇〇の特徴を一言で表すと何ですか?」という質問をよく聞くと思う。一言と言っても、少し文章になってしまうことが多いが、この答えが本質の姿を言語化したものにかなり近いと思う。そして、この質問に答えるには、個々の製品における拘りではなく、長きに亘って追い求めてきたものを、少し抽象度を上げて、言い切ってみることが必要になる。

「抽象度を上げる」とは、「曖昧化する」ことではなく、物事の本質でズバリ言い切ることである。こうした本質は、説明する対象が多様であるほど難しいが、「何を提供したいか」ではなく、「人にどんな変化を生み出す価値を提供したいのか」を突き詰めていくと、答えが必ず見つかると考えている。

さらに、伝わるまで持っていくには、抽象度を上げて本質を簡単な言葉で表すことに加えて、もう1つ大事なことがある。受け手を意識して、受け手の常識の中にある類似の事柄や思考パターンと結びつけて伝えることだ。これにより、明らかに伝わる力が増大する。例えば、一見地味な文化資源に対しても、「これは、今でいうこれと同じ」、「SDGsの考え方とこう繋がっている」などと話せば、俄然興味が湧く。

逆に、受け手に関わりのない話や、受け手の考えとは全く異なる突飛な考えだと、聞いただけで記憶に残ることはない。とはいえ、当たり前すぎると「ふーん」で終わるのがオチだ。類似の事柄や思考パターンはあくまでも「きっかけ」で、本質に紐づく驚きや気づきをしっかりと盛り込むことが本筋だということを忘れてはいけない。

興味を喚起できたら、その受け手には二の矢、三の矢を放つのが良い。「この作品にも、この作品にも同じ本質を見て取ることができる」と加えていく。そうすれば受け手の頭に、本質の姿への立体感が生まれ始める。受け手の中には、面白いやエネルギーが生まれ、「できそうだ、やりたい」といった気持ちまで生み出せるかもしれない。

受け手も感受性を高める!

ここまでは、伝える側の話をしてきたが、ここで受け手に必要となる感受性の話もしておきたい。本質を追求し、拘りを持って作られた製品や作品には、ストーリーがあり、熱量が込められている。出来上がった製品や作品からは想像もできないほどの途方もない手順を経て生まれてきているのだ。受け手にはこの認識が必要だと思う。リスペクトがいるのだと思う。

恥ずかしながら、私もこの認識は十分でないと感じている。モノづくりの世界ではある程度理解できているつもりではあるものの、特に、自分がこれまで踏み込んだことのない世界の話は全く分からない。故に、興味が湧きにくいのだ。

アートなどは典型だ。先日幸運にも油絵を描くアーティストとの対話の機会があったが、その制作過程には驚かされた。まず最後の出来上がりの構図を頭の中に描き、明るさ暗さ、色合い、下地・上塗り・ハイライトなど、多岐に亘る技法で表現しているという。特に、出来上がりとはまったく違う色を下地に塗ってから、層を重ねながら上書きしている工程など、まったく想像もつかなかった。おそらく、アートに関わっている人なら当たり前のことだと思うが、私には想定外だった。

でも私自身、この経験で、幸いにも絵画作品を見る感覚が少しアップグレードできたような気がする。現場での体験や対話は明らかに感性を研ぎ澄ましてくれるのだと思う。

アートは関係性であり、本質が体現されたもの

ここまで、「本質が伝わる。育むが始まる」といったテーマで、思いついたこと、考えたことを書いていきた。その過程で、「アートって何?」という東京藝大の日比野克彦学部長の対談記事を見つけた。なかなか奥が深い定義だ。物に触れて、「何らかの感情が湧きあがった時、その物と鑑賞者との関係性を「アート」と呼ぶ」と定義しているのだ。

日比野氏は「アートは作品という「物」に目が行きがちだが、そうではない」、「絵は物です。白い紙、白いキャンバスの表面に絵の具がくっついている、それだけのもの」と説明する。さらに、「アートは物の中ではなく、鑑賞者の心の中にあるものだ」という。かなり大胆な考え方だ。

でも、同時にかなり納得した。アートに込められたアーティストの想いを、鑑賞者がどう受け止めるか。鑑賞者の中にどんな変化が生まれ、アーティストとどんな対話をしたいと思ったか。これがアートの持つ本質なのだと思う。また1つ私自身のアートへの感受性が高まったような気がする。

まだまだ育みたいというレベルには達してはいないと思うが、様々な作品の制作過程を見てみたくなっているのは間違いない。機会を見つけてアーティストを訪ねていこうと思う。

最後に

ふと、「日本文化の本質は何かな」と気になってネットを検索してみた。すると、聖徳太子が十七条憲法に記した言葉、「和を以て貴しとなす」の伊勢雅臣氏の解説が目に止まった。これは、「みんな仲良く争わないのが最も良い」という単純な意味ではないというのだ。

「意見の異なる人としっかり議論をすることによって、お互いに論を究め、一緒により高きものを志向する」という意味だという。「現実の人間性の醜さを凝視した上で、その私情をわずかにでも超えて、人々を「公」に向かわせていくための道が十七条憲法であった」というのだ。

現実世界の様々な困難の中、対話や変化を生み出す力となっていたのが十七条憲法だったのだろう。ここには、覚えて守るだけのルールではなく、受け手自らが考える余白がある。日本文化の本質の凄さに少し触れられたような気がした。

文化観光コーチングチーム「HIRAKU」コーチ
長島聡(きづきアーキテクト株式会社代表)

<プロフィール>
由紀ホールディングス社外取締役、ファクトリーサイエンティスト協会理事、次世代データマーケティング研究会代表理事、慶應大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特任教授、工学博士。
早稲田大学理工学部助手、ローランド・ベルガー日本代表、同グローバル共同代表を経て、2020年7月、きづきアーキテクトを創業。
・日経COMEMO
https://note.com/kiduki_archi/

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