「猫を棄てる」を読んで
この投稿では、村上春樹さんの「猫を棄てる~父親について語るとき~」の感想のようなものをサクッと記します。(888字)
この本は、村上さんが、お父さんとの関係について語っていくエッセイです。
まず、絵に惹かれませんか?台湾人のイラストレーター「高妍」さんという方の絵です。絵の知識が全くない私ですが、限られた色で、とても丁寧に描かれていてますよね。まるで遠い記憶を思い出そうとするとき、心に浮かんでくる景色をそのまま見ているようです。切なくも、なんだか温かい気持ちになります。
「過去の記憶をたどる時、脳裏にありありと蘇ってくるのは、平凡な日常のありふれた光景」。冒頭にこういう一節があります。楽しかったこと、怒ったこと、悲しんだこと、そういう体験は印象的なのですが、ふっと浮かび上がってくるような瑞々しい記憶というのは、些細な日常なんでしょうね。日常にこそ価値があり、丁寧に生きていきたいと思わせてくれます。
さて、「猫を棄てる」というエピソード。幼少期、村上少年は、父と一緒に海辺まで飼っていた雌猫を棄てに行った。なぜその猫を棄てることにしたのか、なぜ村上少年は猫を棄てることに反対しなかったのか、理由は覚えていない。段ボール箱に入れた猫にさよならを告げ、二人して家路につくと、何食わぬ顔で、棄てたはずの猫が2人を出迎えた。父は驚き、戸惑い、不思議に思い、そして、なぜかホッとしたような表情になった。その猫は結局飼い続けることになった。そんな話です。
僕がとても感動したのは、大人になり、疎遠になってしまった父に対して、村上さんが和解しようと試みるとき、この不思議で謎めいた出来事が、二人だけの共有体験として、二人の縁を再生するために機能したということです。
記憶は、時が経てば、混濁の中で喪失されていくものかもしれません。が、時が経ってはじめて意味が生まれることがあることを教えてくれます。
僕の両親は10年前に相次いで他界し、もう記憶の中にしか両親は存在しません。誰にも言いませんが、今でも心の底から寂しいと思うときはあります。そんな時に、ふっと心を軽くしてくれるような作品です。
以上
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