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振り向いたら座敷わらし【第十三話】

アパートに着く頃にはすっかり西陽になっていて、丁度大家さんがアパートの前を箒で掃いていた。なんだか大家さんにお会いするのは久しぶりな気がする。
「あら修介くん、夏樹ちゃんお帰りなさい。」
「ただいま帰りました。ご無沙汰してます。」
「今帰ったぞ!」
「あらその子…。」
そういえば大家さんに福ちゃんを会わせるのは初めてで、そして当たり前のように見えているようだった。
「ご祝儀が必要かしらねぇ。」
「だからやめて下さい。」

,なんだか福ちゃんのことが見える人に会ってもあまり驚かなくなってきた。
それほど見える人は身近にいるものだった。
先ほどマスターに説明したことを再度大家さんに説明したが、大家さんは特別驚いた様子はなく、穏やかに話を聞いてくれた。
「こんなかわいい座敷童ちゃんがこのアパートにいてくれて私もうれしいわ。」
「わたしの名前は福。よろしく。」
「私はこのアパートの大家をしている猪巻春江よ。よろしくね、福ちゃん。」
福ちゃんは大家さんのことを気に入ったのか、大家さんにくっつくように大家さんの隣に座っている。
大家さんのその柔らかな雰囲気は確かに人を引き付けるものがある。
「そういえば夏樹ちゃん。」
「うむ!なんだ!」
「いまだにドアを乱暴に開け閉めしているようだけれど、あれはやめてねって…言ったわよね?」
「…はい。」
大家さんから醸し出される雰囲気が静かな圧に変わり、夏樹さんが正座に座り直していた。
そう、大家さんは普段は温厚で柔らかい物腰のご婦人だが怒ると誰も逆らえない静かなる鬼に変わるのであった。
福ちゃんの方を見ると特に意に介している様子はなく、出されたお茶菓子の水羊羹をパクパクと食べていた。
(子供だからなのか、図太いのか…。)
とりあえず大家さんには逆らうのはやめようと固く心に誓った。
「今晩は私の部屋でみんなでお夕飯はいかがかしら。煮物を作りすぎちゃって。それにみんなで食べたほうがご飯も美味しいでしょう?」
「はるえのご飯、食べてみたい。」
福ちゃんがまた目をキラキラさせて私の方を見る。断る理由もない。
「是非そうさせて下さい。」
「うむ!私も久々に春江さんの煮物食べたいぞ!」
「決まりね。ちょっと支度をするからちょっと待ってちょうだいね。」
そういうと大家さんは台所に向かった。
「わたしもお手伝いする。」
「うむ!私も手伝うぞ!」
「私も手伝いますよ。」
そういってみんなで夕飯の支度をすることになった。
大家さんは煮物の鍋に火のつけ、魚を焼いている。
私は大家さんの漬けた自慢のぬか漬けを切り、夏樹さんと福ちゃんはテーブルを拭いたりお箸を並べたりしている。
こうして皆で夕飯の支度をしていると、なんだか心が落ち着く。まるで家族にでもなったような気分だ。
福ちゃんが来る前はまるで世界が灰色のように見えていたが、福ちゃんが来てからは世界に暖かい色がついたように感じる。
なんだか幸せだ。

「さて、じゃあいただきましょうか。」
大家さんがそういって席に着く頃には、煮物、ぬか漬け、焼き魚、ほうれん草のおひたしに、ご飯にみそ汁が並んでいた。
福ちゃんがほーっとテーブルの上の料理を見て目をキラキラさせながらため息にも似た何かを吐いている。
「相変わらず春江さんの料理はホッとするな!」
「まるで実家に帰ってきたみたいですね。」
「あら、それは褒めてるのかしら?」
ふふっと大家さんは笑った。
「すごく、美味しそう。」
福ちゃん早く食べたくていてもたってもいられない様子だ。
「ありがとう。そうしたら食べましょう?いただきます。」
そう大家さんが言うとみんなもいただきますと続いた。

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