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うちは点と線なんですよ、とバールマンは言った

その店は店内にメニューがない。
コーヒーを頼むにしても、他の飲み物(アルコール入りでも、ノンアルコールのカクテルでも)を頼むにしても「いまはどんなものが飲みたいですか?」とヒアリングからオーダーが決まる。
店主はその過程で「どんなひとか」まで見極める手がかりにして楽しんでいる節がある。

よく頼む飲み物に「シェケラート」がある。
冷たいエスプレッソのダブルなのだけど、シェイカーで作られてグラスに注がれると、上には泡の層ができている。見た目は黒ビールに近い。デフォルトの味は「甘苦い」程度に砂糖を足したもので、泡部分が唇に触れてシュワッと消える瞬間、コーヒーが持つ香ばしさと相まってフィナンシェを連想した。
「そう!お菓子をイメージして作ってます」と返ってきた。
アルコールが入っていなくても、良い香りがするアルコールを飲んでいる時の気分に近づく。
好みでシェイクする時にアルコールを足すこともできる。

店主のことは他のコーヒー店のバリスタから「憧れです!」「もちろん知ってます!」と聞く。
本人はそんな存在じゃない、何もわからないことばかりで考えすぎて知恵熱が出たりする、と笑う。
バリスタでもバーテンダーでもないですし、僕は。"バールマン"という名称が気に入ってるんです。ここはバールですから。
「とはいえ、知恵熱が出るくらい高い理想があるのでは、目標などありますか?」
自分が作ったカクテルのレシピが残って、誰かが作り続けてくれるようになったら最高ですね。または、この場所を気に入ってくれたひとが、僕が引退しても後を引き継いで残していってくれるようなことがあれば。いずれにせよ、僕個人の名前は表に出なくていいんです。

そういえば店名の由来は何でしたっけと訊くと「点と線」という意味だと返ってきた。
お客さんが点となって店を訪れて、その場で会話が生まれたりする線となること。
ひとを繋ぐ場所でありたいことからつけた名前らしい。

よく来ているご夫婦がお子さんを連れてきて、最初はコーヒーが飲めなかったからホットミルクをお出しした。やがてその子も一人で来るようになって初めてエスプレッソを飲み、初めてのアルコールも飲んだ。今度、大学を卒業されるそうで式に呼ばれてるんです、と店主から聞いたことがあった。
もはや親戚のおじさん枠じゃないか、そんなことある?とにわかに信じがたいくらいだった。
一人の点が変化して線となっていくのを店が見守るという意味でも、まさしく店名にしっくり来るエピソードだと思う。

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