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電脳虚構#18|課金地獄


さびれた工場の隅、毎日の退屈な流れ作業。
安い時給で鞭で打たれるように働かされ、身体を引きずるように帰る。

今日もスーパーで安いカップ麺と、見切り品の総菜を適当にを買う。

殺風景なワンルーム。
エアコンの調子が悪く、むせ返るような暑さだ。

日々溜まっていくのは金ではなく、捨てずに置きっ放しのゴミと、ストレスだけだ。

そんな現実から目をそむけながら、適当に夕食をかっこむ。
ゴミをいつものように放り投げ、逃げるようにして「あの世界へ」もぐる。




Chapter.1 ライフシミュレータ

ビルの最上階。
街を見下ろす大きな窓、モダンにデザインされた統一感のあるリビング。
キッチンから漂ってくるのは、メイドが焼くローストビーフの香りだ。

最高級のソファに身体を沈め、人々の暮らす夜景を見ながら飲むワインは最高だ。

「少し高かったが、課金してこのソファを買ってよかった」


僕はこっちの世界では完全に勝ち組だ。

この仮想現実は、全世界でいまや50億人がプレイする「ライフシミュレータ」だ。

別にモンスターを倒すとか、仲間を集めてミッションをクリアするとか。
そういった類の「ゲーム」ではない。

感覚として「もうひとつの現実」がある。
あくまでも生活を、人生をシミュレーションするというものだ。

僕はこのサービスのβテストの頃から目をつけ、この世界に没頭した。

くさった現実から逃避して「もう一つの人生」をただひらすら豊かにするために、生活を削って課金をしまくった。

古参プレイヤーの僕は、早々に事業にも成功し、株で儲け、初期の頃から重課金をして集めていたレアアイテムでも大儲けをした。

この世界に熟知している僕が、新参プレイヤーを出しぬき”カモ”にすることなど簡単なことだった。

僕は一大財力を築き、完全に勝ち組になっていた。
・・こっちの世界では。

「ピピ!ピピ!」

タイマーが鳴る。
「現実」に戻らないといけない時間だ。

仮想世界から抜けると、ゴミの散乱した見すぼらしいワンルームにいた。


Chapter.2 現実と仮想

仕事は「仮想世界」を裕福にするため、そのためだけに稼ぐ。
このサービスはもっと、人口も増えてくるだろう。

「もっともっと課金だ!
新規がどっと押し寄せる前にもっと上を目指すんだ!!」

僕は家財道具を全て売り払い、洋服も最低限の数着のみ。
自宅ではほぼ仮想空間で暮らすため、もはやワンルームなど必要ない。

そしてフロ・トイレなしの4畳のボロ小屋へ引っ越した。

「これで収入の7〜8割は課金できるぞ!」

それからまた、狂ったように課金をした。

日毎に裕福になっていく「仮想世界」。
そして日毎に、衰退していく「現実世界」。

周囲からは「”現実と仮想”が逆転してしまっている」と心配され、多くの非難を受けた。

食べるものも最低限、睡眠時間もギリギリまで削り、身体もどんどん衰弱していった。それでも構わず、ただひたすら課金を続けた。

「もっともっと、財力を築くんだ・・いましかないんだ。」

仮想世界では、僕は大会社の社長になった。
古参の強みを活かし、プレイヤー人口が増えれば増えるほどに財力が増していく。

「まだだ!こんなもんじゃまだ足りない!
もっともっと課金だ!課金だ!!」


Chapter.3 仮想世界移住計画

この世界のプレイヤー人口は、もはや世界の総人口の7割を超えていた。
世界中が「現実と仮想現実」の境界線を忘れかけているようだった。

それもそのはず、人類はいま・・大きな問題を抱えていた。

現実世界はテクノロジー、医療の急速な発達で「人口が減りにくい」世界となっている。
増加し続ける人口、その飽和状態に世界が耐えられなくなっていたのだ。

そこで人類が大きな一手にでる。
いや・・初めから「ソレ」を見越してのこの「ライフシミュレータ」だったことが判明した。

「現実の肉体を廃棄して、仮想世界に完全に移住をする」

そう、世界の人口を「現実と仮想現実」とで分散させる「仮想世界移住計画」だ。

僕はこのときを待っていた。
きっと世界は・・人類は・・いつかその方向に舵をとらざるを得ないと、どこがで確信していた。

現実を捨て、課金に全力を注いでいたのは全ては計画・・いや人生の賭けだった。

負け組、最下層の人間が大逆転するにはこの方法しかない。
本当に「現実と仮想」が逆転するこの瞬間を待ち望んでいた。

「僕は賭けに勝った!勝ったんだーーー!!」

現実を捨てる準備は、もう何年も前からできていた。
誰よりも早くこの”みじめな肉体”を捨て、もう仮想ではない「新しい現実」へ移住をした。

「あの惨めなくさった日常にもう戻らなくていい、二度とあんな生活はごめんだ
これから先はずっと、こっちがホンモノの世界なんだ!」」

ビルの最上階で、目下に広がる「現実の世界」を眺めながら祝杯をあげた。





Chapter.4 勝ち組と負け組

「仮想空間移住計画」はものすごいスピードで進んだ。

皆、現実世界に嫌気がさしていたのだろう。
仮想世界に人口の飽和、キャパオーバーなどはない。

移住希望者は世界総人口の7割。
つまりプレイヤーのほぼ全ては、仮想世界への移住を望んだ。

移住するにあたり「現実」の資産はもう必要はない。
肉体を破棄する手続きの際、その資産の全ては課金され移住してくる。

そして・・現実世界で財力を築いていた「勝ち組」たちも
「これからあっちの世界の方が儲かる」と、莫大な財力をもって次々と移住をしてきた。

そのことで「仮想世界の勢力図」が一変した。

安い賃金で生活費を削ってちまちま課金していた僕とは、もともとの「財力の質」が違いすぎたのだ。

僕の事業や生活など、あっという間に移住者たちによって食いつぶされた。
現実世界で最下層にいた僕が、全資産を課金して移住してきた者たちに適うわけがなかった。

世界人口の7割の移住が終わる頃には、僕の成功なんてゴミみたいなものだった。
気づけば残るのは借金のみで、会社も倒産、ビルも手放し、4畳のアパートに追いやられた。



さびれた工場の隅、毎日の退屈な流れ作業。
安い時給で鞭で打たれるように働かされ、身体を引きずるように帰る。

溜まっていくのは金ではなく、置きっ放しのゴミとストレスだけだ。

そんな惨めな”現実”から目を背けるように、僕は「ある世界」に飛び込んだ。


「さぁ!もっともっと課金しないと!!課金だ!」


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