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97 / 寡黙


高校3年生。進路はボートレーサー養成所。
担任の先生と2人で最終試験の面接の練習をしていると、自然と涙がボロボロと溢れた。


受験と減量、そして家庭環境に対するストレスが重なり、涙に変わったのだと思う。


悩みを人に相談するタイプじゃない。今は悩みを自分で解決することができる術を知っているけど、当時はただ抱え込むことしかできなかった。


初めて担任の先生に自分の悩みを話した。
まぁ、受験に対する不安とか、減量の苦しさとかいろいろあったけど、根本の悩みは家庭環境、そして自分を受け入れられていないことだった。


「こないだ、拓也の家に泊まりに行ったんです。とっても賑やかで、やっぱ家庭ってこうだよなぁって思いました。」


同じクラスの、野球部のキャプテンの、山下拓也。根っから明るい、うるさい、よく喋る。クラスの人気者。ぼくからしたら拓也はそんな風に見えていて、そんなキャラに憧れていたのかもしれない。


ぼくの家庭は、4人兄妹でお父さんもお母さんもいる。とにかく静か。全員で食事をするのに、一言も話さない。それに嫌気が差していた。


そしてその原因は長男である自分にあるのではないかとどこかで思い詰めていた。

『おれが拓也みたいに明るい性格だったら、家族も明るくなるのかもな。』


たぶん周りから見たら、ぼくは明るい性格で、いつも笑っている奴。そう思われているのをなんとなく分かっていたから、本当の自分とのギャップに苦しんでいた。本当は明るくなんてないくせに、明るく振る舞った。


アニメや漫画に出てくる明るいキャラクターの真似をしたりとか、やってたな。


だからこそ、担任の先生に言われた一言がいまだに忘れられない。


「日南太は、どちらかと言うと“寡黙”。私はそういう性格好きよ。山下には山下の良さがある。日南太には日南太の良さがある。」


寡黙という言葉を初めて聞いた。


びっくりした。本当の自分を見てくれていた気がした。そう。ぼくは明るい奴なんかじゃない。それはダメで、もっと明るい奴にならなくちゃと思ってた。けどそんなことなかったんだ。


寡黙。口数が少ない人。それは個性で、そっちの方が好きな人もいる。無理に明るく振る舞う必要はない。「そのままのあなたでいいのよ」と、担任の先生に言われた気がした。


『そっか。もしかしたらこの静かな家庭も、このままでいいのかもしれない。他の家庭と比べる必要はない。』


そう思えて、一気に心が軽くなった。この事は、拓也にも話した。


「おれはお前のお父さん好きやけどな!誠実そうで。それに隣の芝は青く見えるってゆーしな。うるさい家庭も大変ぞー」


笑いながらそう言っていた。
ぼくは明るい山下家が大好きだ。
そして、明るい山下家も知った上で、寡黙なぼくの家族も今は大好きになった。


憧れは時に、自分の個性を見失うことに繋がる。
今自分が持っているものは何か。憧ればかりに目が行き、それを見失ってはいないか。自分が本来持つ個性とちゃんと向き合っていきたい。


誕生日。拓也は自転車を飛ばしていきなりぼくの風呂場にやってきて、「パンっ!」と一発クラッカーを鳴らしてくれた。





      








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