【小説】あの池の。



5年前。


君と初めて会ったあの日から、



きっと僕は何にも変われない。



あの日をずっと繰り返している。






「あいつさ……ずっとひとりで本読んでるよな」



……。



「友達いねーんだろ」


……。



「やめろよ、絶対聞こえてるからw」


……。




聞こえない。
僕は今、本に夢中なんだ。
周りのクラスメイトの声なんて、ただの雑音でしかない。
そう、僕は、本を読むことが好きなんだ。




ガタン




……っ!




急に、前の机に、クラスメイトのひとりが勢いよく腰掛けた。

誰も使ってない席なんて沢山あるのに。わざわざ僕の席を5、6人の集団が囲む。



「なぁ、何読んでんの?」



……。



「おーい?」



……。



「無視すんなよ」



無視じゃない。僕は、本に夢中で、周りの声が耳に入らないんだ。だから、この状況にあったって、僕は本を読むことをやめてはいけない。



「あ、」



……?!



そのクラスメイトは、急に僕の首元を掴もうとした。
生理的な拒否反応を覚えた僕は、夢中になっていた本からうっかり目を外し、そいつと目を合わせてしまった。



「あ、気づいた」



何だ。一体何がしたいんだ。
僕はこんなにも、こんなにも本に夢中になっている。
それは傍から見れば絶対にわかることだろう?

なのにどうしてこいつらは僕に構う?
話しかけようとする?
胸ぐらを掴もうとする?



なぜ集団で、僕に嫌がらせをしてくる?





ガタン




僕は勢いよく席から立ち上がると、そのまま教室から飛び出した。



頭が真っ白だった。

僕は、夢中で、本を読んでいたはずだ。

それなのに、本の内容を何一つ思い出せないのはどうして。

どうして、目の前に大好きな本があるのに、
見たくないものが勝手に目に入ってしまうんだろう。



「あっ、行っちゃった……」


「やっぱ無理だってー。あいつ人嫌いっぽいもん」

「せっかく同じクラスなったんだし仲良くなりたいのになぁ」


「てか襟たってんの気づかないまま行っちゃったぞあいつ」






走って、走った。


途中、廊下で先生が僕を咎める声が聞こえた気がしたけど、そんなことも気にせず、上履きのまま昇降口を出て、体育館裏から繋がる雑木林へ。


学校と地続きにあるこの一帯は、この街で1番の大地主の私有地だ。


この街には至る所にこういう雑木林がある。
伐採して住宅地を作ったら相当な軒数が建てられそうだが、どうせこんな寂れた街に好んで引っ越してくる人は居ないだろう。


それが、僕たちにとってはとてもありがたいことだった。


誰も歩きたがらないけもの道を歩いて10分ほどの場所。


突然開けた場所に出る。


柵に囲まれた、直径10メートルほどの人工的な池があり、


その沼の向こう側に、ぽつんと1軒、小さな家がある。


この林の荒れ方にそぐわない、かわいいログハウス。


周りの木には大量のツタが絡まり、木の生命力を全て持っていかれていそうな様相だが、このログハウスの外壁にはひとつのツタも絡まっていない。



僕が、いつも綺麗にしているからだ。


1人で。


でもあの時は、4人だった。


ログハウスの扉に手を触れる。



ドアノブを引くと、ギィィときしんだ音を立て、扉が開いた。



ログハウスの中は5畳半ほどの広さで、扉から向かって右側の壁に小窓がひとつ。


中央にホコリの被ったローテーブルがあり、奥の壁には木でできた5段のラックに、小瓶が並べられ、一つ一つの瓶ごとに種類分けされた種が入っている。


そのラックの一番下の段。B5サイズの古ぼけたノートが置いてある。


開くと、一枚の紙がはらりと床に落ちた。


その紙には、4人の子供の絵が描いてある。


この絵に書かれているのは、僕にとっての唯一の、"友達"との思い出。


ヨシノ。同じクラスの、いわゆる一軍というグループ側の女の子。
あることがきっかけで、帰り道に僕の後を付けてきた。そこでこの場所が見つかってしまい、よく遊びに来ていた。
あの出来事がなかったら、僕とは一生縁がなかったであろう人だ。今も同じ学校だけど、クラスも違うし、僕のことなんてもう忘れているかもしれない。


のばら。この地主の娘で、体が弱くて学校に通えていない。両親にお願いして、このログハウスを作ったらしい。のばらのおかげで、ここが僕たちの秘密基地になっていた。絵を描くのが上手だったな。でも今はどうしているのか、僕は知らない。



そして……ミズキ。
この街の大病院、楠病院の院長の息子。
両親からは医者になるよう言われていたけど、本当は、ミズキは医者になりたがってなかった。花が好きで、花に関わる仕事がしたい……って、自分で植えたログハウスの周りの花畑で、僕に話してくれた。
家族には話していなかったらしいけど、"男のくせに"花が好きとか、変な趣味だとか、自分で自分をバカにするような発言を一切しない彼に僕は憧れていたし、好きだった。



……ミズキ。



あの日僕は、今日と同じように、教室を飛び出して、林の中へ隠れるように一人で歩いていた。


そこで見つけたのがこの場所。


池の水面にキラキラと反射する太陽の光、周りを囲むように咲き乱れる色とりどりの花、鬱蒼とした林の中にあるとは思えない光景に、僕は別世界に迷い込んでしまったのかと思った。



「……だれ?」



「うわっ!!」



見とれていたらログハウスの扉が急に開いて、不安そうな顔をした男の子が現れた。


「あの、ご、ごめんなさい」


「なんだ、大人かと思った……どうやってここ見つけたの?」



「なんか、歩いてたら……」



「相当の距離歩いたんだな。てかまだ学校の時間じゃん。何してんの?何年生?」



「5年生です……」


「なんだ、同じか」




最初の不安そうな顔から一変して、なんだか上から目線なやつだな、と思った。



確かに僕は身長も低いし、弱そうだけど……あからさまに年下と思って最初から接してくるのは、なんだかこいつ。子供っぽい。



「そ、そっちだって、そうじゃん。学校の時間なのに。それにここ、何?」




「まあ、サボり。ここは俺の秘密基地。勝手に来たやつお前が初めてだよ。絶対誰にも教えんなよ!」



堂々とサボり?悪いやつじゃないか!まあ、僕も人のことは言えないけど……。




ふーん。秘密基地ね。僕がこの場所ばらしてやろ、なんて言ったら、こいつどんな反応するんだろ?
まあ、僕はこいつよりは大人だし……いろいろめんどくさいから、そんなに人の秘密をペラペラ言いふらしたりしないけど!




「へぇ。でもさ、ここ人の土地だし、そんな場所に秘密基地っておかしくない?僕がもしバラしたらどうするの?」




「持ち主の許可は取ってんだよ。それにお前は、バラしたりしねえよ」




「な、なんでそんなこと言いきれるの」




「お前、自分自身としか上手く会話できなさそうだから。」




これが、僕の初めての友達、ミズキとの出会いだった。





だけど今、ミズキはここにいない。







あの夏。





ミズキが突然行方不明になった。







「楠病院を爆破する」と、不可解な爆破予告を残して。












前回のお話、沢山の反応頂きありがとうございます☺️



今回はわたしのずっとずっと考えていたお話の本筋の主人公、こかげくんのお話です。

続きをお楽しみに〜。



公開してからちょこちょこ添削するかもしれないのですがご了承ください。。!


最後まで読んでくれてありがとう!

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