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日向坂46の魅力を語ろう

 ある日、僕はYouTubeのおすすめ欄に表示されているその動画を見た。たぶん、オードリーの動画をたくさん見ていたから、関連動画として表示されていたのだろう。

 動画のタイトルは、これを読んでいる人たちも知っているかもしれない、「またまた内輪な人たち」。オードリーの二人がグリーンバックを背景に、簡単なつくりのイスに座っている画像がサムネイルになっている。「とてもおもしろそうだ」とは言えないようなサムネイルだったから、僕はこの動画に対してあまり期待はしていなかった。

(見てわかる通り、本意気のバラエティには見えないだろう)

 この動画をみた感想だが、過程を省いて、ごく簡潔に言えば、とてもおもしろかった。「日向坂46」をほとんど知らなかった僕が見てもいいものだった。「おもしろそう」という期待がなかったというのも理由の一つだろうけれど、とにかく、夢中になってこういうものを見たのは久しぶりのことだった。普段の僕は、ただ暇を潰すためにYouTubeの動画を開き、画像の変化を眺めながら、時が経つのを待っているだけだ。だからこそ、この動画を見て心が震えた。長いこと地下に暮らしていた人が、久しぶりに太陽を見たような気分になった。あまりに比喩的すぎるかもしれないけれど、本当にそう思った。

 それから僕は、YouTubeに載っているひなあいの動画をたくさん見た。どれもいいものだった。僕はそのうち、「日向坂46」のことをもっと知りたい、と思うようになった。こう書くと、まるでそうなるまでにすこしばかり長い時間がかかったように聞こえるけれど、実際には2、3時間くらいでそう思った。

 日向坂46のことを調べているうちに、彼女たちがいろいろと苦労していたことがわかった。けやき坂46として、欅坂46と比べられながらたくさん頑張っていたことを知った。そういう不遇の時代があった上で、どうしてこんなに明るくなれるんだろう、と思った。きっと、そこが彼女たちの魅力なのだろう、と思った。 

 彼女たちはけやき坂46のときから明るかった。欅坂46と比べられ、不遇な扱いを受けていたにも関わらず、だ。もしかしたら、心の中では暗い気持ちが渦巻いていたかもしれないけれど、少なくとも、明るく振舞おうとしていた。そしてその試みは少なからずうまくっていて、彼女たちの明るさは、僕の暗い心に光を当ててくれた。

 彼女たちは、僕と同じくらいの温度感なのに、僕よりも明るい。不安があるはずなのに、ないように振舞っている。

 どうしてそうなれるんだ、と思った。僕は、少しひねくれた小説をたくさん読んで、人生なんてくだらないし、生きるのなんて面倒なだけだ、なんて気持ちになって、それがどこか格好いいとさえ思っていたけれど、彼女たちを見て、それが違うことを知った。

 僕は、大した苦労もないくせに、世界のつまらない部分だけを見て、絶望した気になって、人生を悲観していた。まあ、暗い気持ちになること自体は悪いことではない。暗いことを想像することで、同じ気持ちを抱いている人と、より深い部分でつながることができる。同じような傷を抱えている人とは、その傷の深さと同じくらい深く、通じ合うことができる。

 だけど、暗い顔をすることは、それとはまったく異なることだ。暗い表情になっていれば、周りが心配する。周りまで暗い気分にしてしまう。それはあまりいいとは言えない。

 でも僕は暗い顔をしていた。僕は明るい人間になるのが嫌だった。僕は人生の中で、明るい人間に会ったことが何度もあるけれど、そのだれもが、他人の痛みを推し量れないような人間だった。言ってしまえば、鈍感そのものだった。

 その鈍感さが、人生においていい方向に働くこともあるだろう。いや、もしかしたら、鈍感さは、いい方向にしか働かないのかもしれない。だって、そういう人間は悪いところには行こうとしないだろう?

 勝手に暗い心になっちゃうような人が、勝手に悪い方向に行くのだ。僕もそうだ。それはわかっていたけれど、僕は、明るくなりたくはなかった。ずっと日陰にいたいと思っていた。

 そういう僕の暗い気持ちは、日向坂46を見ているうちに、パン、と弾けた。瞬間、こんな生き方をしていてはだめなんだ、と、僕は思った。ちゃんと生きなくてはならない。彼女たちみたいに笑顔でいるためには、つらいことがあったわけでもないのに、世の中のいろんなことを諦めて、沈んだ顔をしているような、今の僕の生き方じゃだめだ、と確かに思った。

 ぼけーっと生きながら、濁ったフィルターを通して世の中を見て、ああ、生きてたってなにも楽しくないし、これからも楽しくないだろうし、もう死んでしまってもいいんじゃないか、なんて、本当に死ぬ気なんてまったくないくせに、コーヒーを飲みながら、そんなことを考えて、恰好つけているのが、急に恥ずかしくなった。

 彼女たちは生きようとしている。その明るさにつられて、僕も生きようと、思うことができた。それはすばらしい気持ちだった。暗く淀んだ心が、無垢な温もりある手によってすくい上げられたようだった。こういうと嘘くさく聞こえるけど、本当に、そういう気持ちになれた。日向坂46は、そういう魅力を持っている。

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