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思考の速度

※これを読むと、いかにりっくんがすごいか以上に、いかに私がやばいか分かるので、幻滅したくない人は読まないことをおすすめします。

この間、京都へ小旅行した初日に、りっくんに会ってきた。

りっくんのあれこれはこちら↓
twitter
youtube
blog

りっくんとは、今、若手ブロガーとしてグイグイ成長している20歳の青年だ(りっくんは20歳と言われるのを多分嫌うと思うけど、紹介するためにはしょうがない)。

彼と私が知り合ったのは2018年3月、ちょうど一年前の今頃、Twitterの絵がきっかけ。

今、りっくんのTwitterでのアイコンは、私が“初めて”イラストの仕事で描いたものである。
実はとても思い入れがある、「はじまりの絵」なのだ。

だから、今も彼が使ってくれていること、りっくん自身にも周囲の人にも好評であることが、とってもとってもとっても嬉しい。

このnoteのトップ画も私が描いた(どや顔)。
今、彼のステッカーになっている。
彼に会って「ステッカー欲しい!」といえばもらえるらしい。今回、京都に会いに行く前は私ももらう気満々だったのに、すっかり忘れていた。

ぜひりっくんに会ったらゲットしよう(ポケモンみたいだね)。

うちわやメンコにもなりそうな大きさだなあ。

……さて。

今回は、そのりっくんと会って私が感じた彼の印象というか

「思考の速度」

をテーマに述べていきたい。

****

彼と私の思考方法は全く違う。

瞬間男子、と名乗っているように、彼には速度がある。行動力がある。

多くの人は「行動力が速い」といえば「フットワークの軽さ」ばかり褒め称えるけれど、りっくんの“瞬間”さは体の移動ではない。決断の速さでもない。

出力の速さである。

私が想像するに、彼は頭の中に棚を持っている。

棚といえば、たくさんの小分けになった収納スペース、引き出しがついているものだ。

彼は、いわゆるインプットした知識をしっかりとした形にして引き出しにしまい、そしてすぐに取り出す瞬発力がある。

だから会話をしていると、過去の経験からいろいろなものを具体的に引っ張り出してくる。

いわゆる引用を利用したり、系統立てて言葉を並べていく。

引き出しからものを取り出すことに迷いがない。
その理由は、きっと「どこに何をしまうか」決めているからだ

しまう場所を決めているということは、どこに何があるかわかっているということである。



意識か無意識かは分からないが、

自分の武器をたくさんストックし、
思考を手順づけている。

それに則って「結果」をみせる。

それがりっくん。

自己理解が深く、サイクルを回すというより、引き出しを開け閉めする速度がすさまじい


爽やかに笑いながら引き出しを高速で手にかけているりっくんを思い浮かべたら、今、少し笑いすぎてお腹が痛い。


りっくんは身の回りの片付けもうまいに違いない。
そして多分、「おままごと」遊びもうまいはず。

目の前にリンゴや魚のおもちゃが与えられたなら、彼は迷わず引き出しから“木の包丁”を取ってくる。
そうしてリンゴや魚を切ってみせ、他の子供たちに感心されるのだ。

その後、彼は包丁の使い方を教え始める。
彼の元に人が集まる。
有益性を狙っているのではなく、りっくんは自然と思考がそういう方向に向いていく。

引き出しの中にものを入れ、正しい機会に取り出せているからだ。

影響力を持っている人、というのは

武器とその知識を持ち、
必要なタイミングで使ってみせることができる人


なのではないかと、りっくんを見て私は思った。



…対して、私は頭の中におもちゃ箱を持っている。
おもちゃ箱といえば、たいてい大きな箱で雑多にものが詰められているものだ。

お片づけをしなさいと言われた時、棚を持つりっくんが引き出しにしまっていくのに対し、私は突然友達が部屋に来て焦ったときのように、

急いで乱雑に箱の中におもちゃを「片付け」る。(=つっこむ)

読書や経験で得た知識を、私は「すべて」箱に入れてしまう。

瞬間記憶能力の人は見た景色”すべて”を暗記するというけれど、それに近い感覚だ。系統立てずに、まとめてぶっこむ。

知識はレゴブロックや積み木のようなパーツのまま。

そして何か思考が必要になった時、無造作に箱の中に手を突っ込み、気になった部分をがさっと取り出す。

それらを仕分け、ああでもないこうでもないと組み上げた後で、出来たものを「思考の結果」としてみせる。すごく手間と時間と無駄が多い。

リンゴや魚のおもちゃがあれば、私はパーツだらけのおもちゃ箱に手を突っ込み、包丁を作るのでもなく、リンゴや魚の形をもとにモンスターを作ろうとするだろう。他の子供には理解されず、むしろ気味わるがられる。

しかし私はとても満足する。
すぐにまた自分の箱に手を突っ込んで、新しいモンスターを作り出すのに夢中になる。
その時の自分が分かればいいからだ(だから私は過去の自分が何を考えて行動したか、そのときに記録していないと思い出すことが難しい)。

私が面白いと思うのは、観察と表現。
暇があればいつも考えていて、考えていることは何かといえば、

どういう風に感情や見たものを自分の語彙で満足のいくように表現するか。

そればっかりである。本当に楽しい。

リンゴをリンゴで理解することは、私にとって許せないのだ。


りっくんも観察力は高い。
しかし多分、彼はリンゴを渡されたら、ちゃんと俯瞰して引き出しにしまう。必要な時にすぐ再現して出せるように。

私はリンゴとして、しまえない。
その場で観察して分解する。食う。
リンゴの絵を描く時にどこから描こうか迷ったり、いろんな方法で描いてみたりするように、多角的な視点から分解して再構築しようと、受け取る癖がついてしまっている。そして厄介なことに、バラバラにしたまま箱に打ち込む。

同じものを出してと求められたとき、

りっくんが瞬時にリンゴを出せるのに対し、
私はぐちゃぐちゃに混ざってしまった箱からそれらしいものを集め、「赤く丸いもの」にするのか、「ざらりとみずみずしい歯ごたえの果実」とするのか、きっと迷いに迷ってもたついているだろう。

会話していても出力速度が、りっくんと違って私は非常に遅い。

生まれつき難聴で聴こえにくいから、
「聴き取れた単語を繋げ→欠けている部分を予想し→再構築する」
という手順をふまなければならないというのもある。

しかしそれを考慮しても、根本的に出力速度が遅い。

あまりにも分解しすぎたうえに「自分らしく」練りすぎてしまうという、アホみたいな弊害があるからだ。


だからりっくんと一緒に抹茶館(2時間並んだ)のティラミスを黙々と食していた時、私の頭の中にはたくさんの言葉が飛び交っていた。

初対面のりっくんに場を盛り上げる雑談はおろか「美味しいね」とか気の利いた感想も一つも言わず、
ひたすら目を閉じて集中し、「この食感は、香りは、味は、色は、形は、どういう風に再現しようか」とばかり黙々と考えていた。

抹茶のティラミスは絶品で、五感を研ぎ澄ませて食したから、感動して涙ぐんでしまった。



今、振り返って冷静に考えてみたら、りっくんにとって相当私はやばい人だったのではないか。

女の子らしく(たぶん)、ワクワクとティラミスに手を伸ばしたのは良いのだ。しかし口に入れた瞬間、どう表現すべきか思考に落ちてしまい、目を閉じて真剣に味わい始め、心は衝撃を受けていたのでうっすら泣き出す。

TPOとか文脈関係なくいきなり自分の世界に没入してしまう……うああああ、今思い出して自分を突き飛ばしたい。なんていう礼儀知らず。ごめんなさい。

私は自分の意識を波として感じている。
心の琴線と言っても良いだろう。
理科の実験で使うオシロスコープを思い浮かべてもらえばいい(わからない人はGoogle先生に尋ねよう)。

あるテーマについて考えようとした時、ピンと張った「思考の線」を、掲げたテーマの線と、2本の糸を“よる”ように、合わせようとする。

「思考の線」の周辺には、外部の様々な要素がある。その要素とは、記憶と観察による記録である。それらは各々波形を持っていて、好き勝手に震えている。

私は様々な糸に手を伸ばし、「思考の線」と共振するものを手繰り寄せる。

発想やひらめきが生まれるのは、創造の波に自分を合わせようとして、ぴったりハマった時である。

だから自分の内側に深く入り込んで、経験し得てきた感情から近いものを見つけ、持っている語彙の中から当てはめようとする。

今のこの感覚に、ぴったりとした言葉を見つけたい。

そう思っていつも世の中を感じようとし、ある意味、偶然性から生まれる発想に頼って、生きてきた。


しかし、この思考速度は遅すぎるし、偶然に頼っているから精神状態で枯渇しやすいし、「感性が豊か」とか言われても潜りすぎているのはただのバカなのだ。

さらに理解の仕方がバラバラだから、私は道にも迷いやすい。

というのも、りっくんが的確に道案内してくれた京都の「伸びしろハウス」に、一度外出してから帰ろうとしたのだけど、

まず別れて数分後に道を忘れて、
そのへんにあった店に駆け込んだ。

店員さんになんども道を説明してもらって店を出たら、

3歩歩いて見事に忘れた。

携帯も切れて、GPSも使えず、20時に帰れる予定が23時半に帰り着いた。

夜の京都をひとり、3時間半さまよっていたのである。

後からGPSで調べてみたら、とても綺麗に正反対に行っていた。もうこれは語り継ぐべき伝説であろう。

ツイートでは2キロくらいと言っているけれど、ぐにゃぐにゃ曲がったりしていたし往復したので、ゆうに5〜6キロは歩いていたと思う。

…気づいたらりっくんの印象から離れて、

「いかに自分がダメだったか武勇伝」

になっているのでこの辺にとどめておく。
いやほんと、この辺でやめておかないと、私のアホさが露呈する。


とにかく、りっくんに会って、彼の速度にビビった。そして

「もしかするとこの世の人は、みんなこのくらいの思考の速さなのか…?」

と、数日前まで完全に引きこもりだった私は鳥肌をたてている。

なので明日から少しずつ、飼っているインコではなく社会の人に、触れ合っていこうと決意している。

りっくん、ありがとう。
今度は、うん、携帯をしっかり充電して、ステッカーを貰いに行きます。
頭の中、片付けられるように努力します。

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