見出し画像

廻向堂 第一話

あらすじ


大学進学をきっかけに凪は、18歳にならないと入れないという曽祖父が建てた「廻向堂」を訪れ、案内役のアオイと出会う。冷静で謎めいたアオイから未来からのメッセージが書かれた真っ白な本を手渡された凪は、過去と未来を繋ぐ使命を与えられる。友人の隼人と共に廻向堂の謎とメッセージの意図を解き明かし始めるが、突如届いた新たな「像」の暗号に直面する。現代の問題と「像」の関連性を探る中で、凪たちは未来に向けた重要な気づきを得て、廻向堂との関わりをより一層深めていく。



呼ばれている


 大学入学と同時に一人暮らしを始めた村元凪は、新生活にも慣れ生活に少し落ち着きが始めた頃、以前から心に秘めていた計画を実行する決意をした。

それは、曽祖父が建てたという廻向堂を訪れることだった。東京の喧騒から少し離れた静かな街角に位置しており、18歳以上にならないとその門をくぐることができない決まりがあるらしい。

子供の頃に祖父が一度だけ曽祖父について話してくれたことがあった時に聞いて以来ずっと気になっていた場所だった。

 最寄りの駅を降りて人の流れとは正反対方には桜が散って新緑の並木通りがあった。そこの小道はアスファルトではなく小石が広がっていておりザク・ザクと音を立てながら歩いて行った。

廻向堂の前に立つと、重厚な鉄製の門扉が凪を迎えた。門を押し開けると、広々とした庭園が広がり、その奥には古めかしい洋館が堂々と構えていた。

凪は心の中でここが自分のルーツに触れる場所だと感じながら、石畳の道を一歩一歩進んでいった。入口に辿り着くと、そこには「身分証のご提示お願いします」という案内板が立てられていた。

凪はリュックから学生証を取り出し、緊張しながら受付へと進んだ。受付には穏やかな笑顔を浮かべた女性が座っており、凪が学生証を差し出すと、彼女は名前を確認しながら優しく頷いた。

「お名前を確認させていただきますね…あ、村元凪さんですね。いらっしゃいませ、廻向堂へようこそ。」その瞬間、背後から軽やかな足音が響き、凪は振り返った。

そこには、爽やかな笑顔を浮かべた管理人のアオイが立っていた。「初めまして、凪さん。私がこの廻向堂の管理人、アオイです。あなたの曽祖父が建てた場所を初めて訪れるとのこと、心から歓迎します。どうぞ、ごゆっくりお過ごしください。」

彼の顔には微笑みが浮かんでいるものの、どこか冷たい印象が漂っていた。凪はその冷たい眼差しに少し戸惑いを覚えたが、同時に何か引き寄せられるような感覚もあった。

凪は洋館の中へと足を踏み入れた。廻向堂の重厚な門が静かに閉じる音が、過去と未来を繋ぐ新たな物語の始まりを告げていた。

「凪さん、こちらへどうぞ」と、アオイは特別な案内を始めた。凪は、廻向堂の内部へと足を踏み入れ、古めかしい家具や美しい装飾が施された部屋の数々を見学した。どの部屋も歴史と重厚感が漂い、凪の心を強く揺さぶった。

ある部屋に入ると、アオイは慎重にガラスに覆われた展示物から鍵を開けて一冊の本を取り出して凪に手渡した。

それは、タイトルも何も書かれていない真っ白な本だった。凪は驚きと疑問を感じながら本を受け取った。「これは、未来からのメッセージです。」アオイの言葉に、凪はさらに驚いた。

「未来からのメッセージです。」凪はその言葉に一瞬固まった。未来からのメッセージ?信じがたい話だが、アオイの真剣な表情が嘘をついているようには見えなかった。

「この本は、あなたがここに来ることを予見して書かれたものです。中身は白紙ですが、あなたが触れることでその内容が現れるはずです。」凪は息を呑み、アオイから手渡された真っ白な本を見つめながら、心の中でその重さを感じていた。

凪はゆっくりとその本を開いた。最初の数ページは完全に白紙で、何も書かれていない。

しかし、ページをめくるごとに、次第に文字が浮かび上がってきた。

「凪へ。」その一言が最初に現れた。

凪はその文字に目を凝らしながら、さらに読み進めた。「私は君の未来のひ孫です。このメッセージが君の手に届くことを信じています。私たちの社会は、多くの困難に直面しています。人口は減少し続け、公共空間は失われ、人々は物質的な豊かさの価値さえを見失いつつあります。」

凪はその言葉に驚きと悲しみを覚えた。未来の社会がこんなにも厳しい状況にあるとは想像もしなかった。

「しかし、私たちの曽祖父が築いた廻向堂は、人々の心を繋ぐ力を持っています。この場所は、物質的な豊かさに代わる新たな価値を見つけるための鍵となる場所です。凪、君はこの力を理解し、行動に移してほしいのです。」

ページをめくるごとに、未来社会の具体的な問題が次々と記されていた。人口減少による労働力の不足、公共空間の減少によるコミュニティの崩壊、物質的な豊かさの価値低下による人々の孤立と無関心。未来のひ孫は、これらの問題がどれだけ深刻であるかを詳細に描写していた。

「私たちの曽祖父が廻向堂に込めた『人の心を繋ぐ力』は、これらの問題を解決するためのヒントを持っています。この力を理解し、現代の社会で生かすことで、未来を変えることができるはずです。君の行動が、私たちの未来に大きな影響を与えるのです。」

「どういうこと…?」凪は小さな声で呟いた。過去の建築物を見ににきたのに未来そして100年後の世界からのメッセージを見せられ凪には戸惑いが隠せなかった。

その時、アオイが優しく微笑みながら凪に声をかけた。
「焦らないでください、凪さん。すべてが一度に分かるわけではありません。この場所での経験が、あなたの道を示してくれるはずです。」

凪はまだ何も分からないことだらけだが、この廻向堂での時間を通じて、少しずつ答えを見つけていこうと決意した。未来への希望と不安を胸に、凪は新たな一歩を踏み出した。「廻向堂での経験を通じて、君がどのように人々の心を繋ぐことができるかを見つけてください。私は君を信じています。」

凪はそのメッセージを胸に刻み、アオイに感謝の意を伝えた。
そして、廻向堂の内部をさらに探検しながら、この場所が持つ力を探求し、自分にできることを見つけていくことを決意した。

庭園までじっくり鑑賞したあと 最後にアオイさんという方に挨拶して帰ろうと受付の女性の方に尋ねてみると「帰られましたよ」とにこやかに教えてくれた。

重厚な門をくぐり元来た道を戻っていく。
廻向堂から離れていくに連れて冷静さを取り戻し、足取りは重くなっていった。本から浮かび上がった言葉が脳内に何回もリフレインする。 駅着いて電車を待っている頃にはさっきの自分はなんだったんんだと首を傾げるようになった。

自虐しはじめた時にピッコと「メシ食いに来こない?」と通知が来た。大学でできた友人の隼人である。家が近いこともあり、交流機会が多い。

「行く」と即返信したところで電車が来たので乗り込んだ。

「よっ」と軽く挨拶をして、黒のスエットの家着で出迎えてくれた隼人の家に入り込む。玄関まで届いているニンニクの香りに食欲がそそられる。

「今日は塩麹の唐揚げを作ってみた」と、男飯絶賛極め中の隼人は満足そうな表情で言った。

「うわぁ、めっちゃうまっ」と、凪は15分も経たずに完食して落ち着いた雰囲気になり、隼人に気になっていることを聞くことにした。

「なぁ、突然なんだけど未来からメッセージってきたことある?」

「へ?どういうこと」と、コーヒーを入れる準備をしていた手を止めて隼人はこちらを見た。

「いやー、こんだけ科学技術が発展すると未来はもっと進化してると考えるからさ、そろそろ未来からの何かがあってもおかしくないんじゃないかなと思って」と、廻向堂であった出来事の詳細は話さずに聞いてみた。

「うーん。ないと否定することはできないよな。今の技術で証明することはできないから。まぁフィクションの題材によくなる事柄だから、いずれ現実化するのではないかと思うけどな」と、冷静な意見を述べながら隼人はドリップしようとしているコーヒーに目線を戻した。

「で、なんかあった?」と隼人は陶器のマグカップをテーブルに二つ置きながら、さっきの話の続きを振った。

「いやー、うん、まぁ」と凪は歯切れ悪そうに答える。こんなこと言って信じてもらえるのかと不安になる。大学内の出来事なら気軽に共有できるのだが、別の場所での出来事だしなぁ、と悩む。自分だけでは消化しきれない事柄だったので「まぁ、笑わないで聞いてくれる?」と前置きをして廻向堂であった出来事を話し始めた。

「要するに凪は少年漫画の主人公で、地球を救うヒーローに選ばれたってことか」と頭の回転の速い隼人は面白がるように言った。

「いや、最近の主人公は闇堕ちの地球破壊タイプだよ」と思わず突っ込む。

「ノーベル平和賞も視野に入れといた方がいいんじゃね」と完全に遊び始めた隼人は、ポットから二杯目のコーヒーをマグカップに注いだ。

「俺ってバカだなぁと思ってさぁ」と二杯目のコーヒーに口をつけながら凪はぽつりぽつりと話し始める。

「まるで正義のヒーローのように使命感に駆られたんだよね。でも、冷静になって考えると、そんなことできるような器じゃないっていうか、役割には生まれてないんだよなと思い出してさぁ。何に悩んでるんだって感じでさぁ」と、コーヒーの酸味よりも酸っぱい感情を吐露する。

「主人公くん、まだなんも始まってなくね。一巻にも到達してないのに絶望感に打ちひしがれるの早くね。ストーリー修正した方がいいで。このままじゃ打ち切られる」と冗談を飛ばしながら、隼人は二杯目のコーヒーを飲み干して立ち上がった。

「で、凪はどうしたいの?」さっきよりも低い声で話しかけてきた。「何も一人でやることではないだろ 一人でできることなんて知れている。大したことはできんかも知れんけどひとりで抱え込むことはないだろ。 

曽祖父の残った建物がこの現代に残ってることなんてすごくね」と冷静な状態に戻った隼人は真剣な目で言った。

「うん。そうだよなありがとう 少し考えてみる なんか変なことに巻き込んでごめん」とはっきりした答えを出せないまま、飛行機雲がかかったオレンジ色の空の中帰宅した。

第二話
第三話


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?