Kyashを卒業し2025年独立起業します
突然ですが皆さまに大切なご報告があります。
この度フィンテックスタートアップのKyashを卒業(正確には11月末付け)し、来年の2025年新たに独立起業することにいたしました。自分自身が次の挑戦へ向かうための総括として、またこれまでKyashでお世話になった方々、そして応援してくださった皆さまに感謝を込めて、この退職エントリーを書くことにしました。
デザイン責任者(Head of Design)としてジョイン
私は前職の1→10でエグゼクティブクリエイティブディレクターを務めた後、22年に縁あってフィンテックスタートアップのKyashにデザイン責任者(Head of Design / デザインリード)としてジョインしました。「経営とデザイン」をテーマに、ブランド/デザイン戦略をはじめ、デザイン組織の構築やマネジメント、プロダクトデザイン・コミュニケーションチームを率いるなど様々な経験をさせていただきました。
Kyashへ入社した経緯
ヴィジョンへの共感
元々はヘッドハンティング的にスカウトされたのがきっかけでしたが、実は最初ジョインするつもりはほとんどありませんでした。試しに話だけでも聞いてみようくらいの軽い気持ちでしたが、代表の鷹取さんと直接話をし、Kyashという会社は全てにおいてユーザー体験を重視している会社であること。それに代表の鷹取さんが「デザインの力を信じている」ところ、またKyashの哲学や目指しているヴィジョンに惹きつけられたのでした。特にお金に込められた想いや気持ちが社会になめらかに循環するような「価値移動のインフラ」を作り、「人間とお金」の"ウェルビーイング"な関係性をデザインしていくというヴィジョンに惹きつけられました。
人間とシステムの関係性のデザイン
僕は当時から「Human(人間)-Nature(自然)-System(システム)」の関係性をデザインすることをテーマに日々の探究と仕事を行っていました。それぞれが分断するのではなく融け合い響き合うことで、ウェルビーイングでサステナビリティを持ったより良い社会がつくられるのではないか?という問いであり探究テーマです。その中でも特にテクノロジーを内包する社会のシステム全体を意味するSystemとHumanの関係性をどうデザインするかはとても重要な視点でした。人間とシステムの関係性は、特に産業革命以降は社会システム側、テクノロジー側へ強大な引力が働き個人の人間性は虐げられてきたのが歴史の教えです。(話が長くなるのでここでは深くは触れませんが、戦争は国という巨大システムに個人が虐げれられてきた最たる例でしょう)
お金に“人間らしさ”を取り戻す
お金は、いわば社会システムの根幹を支えるものです。ですが、これまでのお金は単なる数字の羅列であり、システム側の論理で人間を動かす力のように扱われてきました。
本来お金には「ありがとう」や「お疲れ様」といった想いや気持ちが込めらたものだと思います。単なるマネーゲームや投機的はもちろん、手段であるお金を目的にしてしまい、お金というシステムそのものに人間が縛られていくような在り方に対してKyashは違うアプローチをとっていました。お金という資本主義システムの根幹にあるドメインに対していかに「お金に人間らしさを取り戻すか?」という問いに惹かれたのでした。巨大なプラットホームに集約されたフィンテック業界の中でもインディペンデントな立ち位置でそのヴィジョンの実現のためにデザインやユーザー体験を駆使して戦っていたほぼ唯一の企業であったことも惹かれた理由でした。
Kyashでの主な取り組み
ヴィジョンデザイン
入社後、初めに取り組んだのが「Kyashヴィジョンデザイン」というプロジェクトでした。
これは単なるリブランディングではなく、今後の経営戦略とブランドの北極星を接続しブランドの哲学や意義を言語化しその先の組織やプロダクト構築のアクションへ繋げていくためのプロジェクトでした。
Kyashは機能性や利便性は伝わるものの、決済や送金に留まらない、その先の体験や社会的価値を伝えきれていないと感じました。意義や哲学といった理念と、その先の未来を内包した言語化や可視化を行うことでプロダクトデザインやコミュニケーションデザインだけでなく、経営の思想をKyash全体のブランド戦略やデザイン組織へ繋げ、一貫したアウトプット・体験を設計していく必要性を感じたことからスタートしたプロジェクトでした。
最終的にはパーパスの言語化、ブランドステートメントの開発、スローガンの開発などを行いながら、VisionDeckというKyashのヴィジョンを凝縮したバイブルを開発しインナーブランディングや採用、オンボーディグなどに活用できるツールを制作しました。
ブランド戦略とブランドアセット・デザインシステムの一貫性の構築
入社当初からデザイン責任者として経営会議などに出ながら「経営とデザイン」を接続するブランド/デザイン戦略を考えていきました。そのような中からヴィジョンデザインプロジェクトをプロダクトやコミュニケーションデザインを内包した体験や視覚的アイデンティティの一貫性を構築していきました。KyashにはブランドガイドラインやUIデザインシステムはありましたが、カラーやフォントなどコミュニケーションデザインとプロダクトデザインの整合性が合っていないところがあり運用面で課題を抱えていました。またブランドフォトやブランドイラストレーションを開発しブランドアセットを開発し、ブランドとしての一貫性を保ちながらも、ビジネス視点を持ったデザインの生産性の向上を同時に解決するための仕組みを整えていきました。
NEXT UX 〜次のKyashのエクスペリエンスをつくる〜
上記のヴィジョンデザインを起点としてそこで定義したプロダクトの方向性をUXに落とし込みプロトタイプ化したプロジェクトです。経営戦略とブランド戦略の基点となる「お金にまつわる心配や不安をなくし、一人ひとりが自分らしい未来を追い求められる世界へ。」というパーパスを具体的なプロダクトに落とし込みチャレンジャーバンクとしての新しいUXをプロトタイピングするプロジェクトを推進しました。この時は、社長室内の直下でデザインドリブンでインナーのチームと外部のデザイナーと共に制作し、デザイン起点でプロダクトの未来の姿をつくるとても面白いプロジェクトでした。これは残念ながら在職中にローンチできなかったのが悔やまれますが..、いつの日かこの時のNEXT UXが実装されることを1ファンとして待っています。笑
オフィス設計などの働く環境のデザイン
これはコロナ禍においてオフィスを移転することが決まり、リモートワーク中心になり今後の働き方を想定してオフィスが今後どのような場所になるべきか?という問いをもとに考えたオフィスの設計でした。外部の空間デザイナーとしてトラフ建築設計事務所さんとの共創で進めました。最初に立てたコンセプトは「Living Lab for Future Money.」Living Labとは、「Living(生活空間)」と「Lab(実験場所)」を組み合わせた言葉です。Kyashが考える「未来のお金のあり方」をここで実験/実装し、ユーザー体験として社内外へ発信する実験場のような場をデザインしました。
専用の席は廃して、オープンスペースとフォーカスルーム(集中部屋)にわけて設計。オープンスペースは内外様々なステークホルダーの人たちとワークショップなどで共創できる場を広く取りました。リモートワークで人と会わない人も多い中で、オープンスペースが広くあることで社内のコミュニケーションの円滑性が高まることを狙ったオフィスのデザインでした。
デザイン組織の構築
そしてインナーのデザイン組織の構築と仕組み化や、マネジメント、採用活動なども重要な仕事でした。また、入社当初プロダクトデザインチームとコミュニケーションデザインチームはそれぞれ存在していましたが、情報共有はされていたもののそれぞれのチームはデザインのルールも整合性が取れていないなど運用上のデザインの一貫性に問題を抱えていました。レビューや情報共有の体制づくりを見直し、両チームが分け隔てなく連携しながら「コミュニケーションからプロダクトまで一気通貫のデザイン」を目指すデザイン組織を構築しました。
Kyashで得ることができたもの
「デザイン×経営」を推進するクリエイティブリーダーシップの経験
最も学べたことはデザイン責任者としてクリエイティブリーダーシップを持ち、事業会社の内部から見た「デザインと経営」の視点を得れたことです。
実は以前僕はあるSass系のスタートアップでUIやUXなどを担当していた経験があるので、ある程度事業会社として求められるデザイナーとしてのスキルはわかっていました。ですが、クリエイティブリーダーシップとして経営的な視点を持って仕事をするような経験はありませんでした。
Kyashでは経営会議やマネジメント会議などに参加したり、経営のトップである社長と直接やりとりすることで経営視点を養っていきました。
経営視点でデザインに求められていることは現場のデザイナーに求められる視点とは全く違います。具体的な1クリエイティブのクラフトではなく、むしろ中長期的な「ブランドの一貫性」と「経営視点の合理性」を伴った「デザインの仕組み」をどのように構築していくか?つまり「作り方の作り方」から開発していく必要がありました。
受託の視点からではわからない、事業会社のインナークリエイティブの視点
それまでエージェンシーやプロダクション、クリエイティブファームでの経験としていわゆる「受託クリエイティブの経験値」は多くありました。正直にいって、そういった外部のクリエーターやデザインとインナーのクリエーターとして求められる動き方やスキル、視点は全く違いました。
例えば、外部のクリエーターが依頼される時外注として短期的なプロモーション視点の独創性やクオリティなど「個のクリエイティブ」のスキルが必要になります。一方で事業会社で求められるのは「共のクリエイティブ」です。中長期視点を持って、デザイン組織のチームで力を合わせ皆で共に一貫性を持ったデザインを作っていくことが求められます。さらにデザイン組織だけではなく他の部署の方達と共創していく視点が必要になります。他の専門性を持った他部署の方たちへビジネスの視点を持った上で、いかにわかりやすくデザインをカタチにして説明しコンセンサスを得ていく必要があります。デザインという武器を用いてアイデアを具体的なカタチにしながらそれをデザイナーだけで閉じず、多様な専門性を持った人たちへオープンに開きながらもデザイナーが主導権を持ってプロジェクトをリードしていくマインドセットやスキルがとても重要なのだと学びました。
インナーのデザイン組織とアウターのクリエーターとの共創関係を構築
Kyashのプロジェクトにおいても全てを内部で完結しようとせず、適材適所で外部の優秀なクリエイティブの力を借りて内部と外部のクリエーターが共創するようなチームの作り方をしてきました。
ご存知のようにインナーのデザイン組織の重要性はここ数年高まってきました。スマホ以前は、マスメディアで広告さえ打てばその商品を買ってもらえる時代でした。しかし、デジタル時代、スマホ時代においてサービスやプロダクト開発におけるユーザー体験が重要であることが認知されてきました。UXが良くないプロダクトはいくら広告を打っても穴の空いた袋のようにどんどんユーザーは離脱していきます。特にサブスクリプションサービスはUXが良くなければすぐに解約されてしまう時代になったためです。UXはユーザーリサーチをしながら継続的により良くしていくような「アップデート思考」が欠かせません。そのため外部で作るよりも、継続的により良くしていくようなインナーのデザイン組織が重要になるのです。中長期視点を持ちながら、ブランドの北極星とずれない一貫性を持ったブランド体験を構築。さらにユーザーのデータを見ながら常にUXをよりよくアップデートし続けていくようなサイクルを繰り返していく必要があります。
一方で、現実的にはインナーのデザイン組織だけで全てのクリエイティブを担える組織はほぼありません。それは何故かといえば、本当に優秀なクリエーターやデザイナーをインナーで抱え続けることはなかなか難しいのも現実です。Appleでさえインナーで全てを完結することはできないため、外部のクリエーターたちの力を活用し共創関係をいかに構築するかが重要になります。
このインナーとアウターのクリエイター双方を適材適所で経験はこれまでに経験したことがなく、自分のキャリアにおいて非常に勉強になりました。
なぜ卒業することにしたのか?
時間は有限だ
Kyashに愛着はもちろんありますし、正直なところまだまだやりたいことは尽きませんでした。
しかし一方で、時間は有限。自身の年齢も42歳となり、キャリアもスキルまさに働き盛りを迎えていました。ありがたいことに最近はKyashの仕事以外に、大学でデザイン教育にも関わったり、万博のデザインシステムなどをきっかけに個人として様々なお仕事の依頼も増加し、デザイン顧問やブランドコンサルティングなど仕事も増えていました。
講演、取材に呼ばれる機会も増え求められる立場もKyashのデザイン責任者ではなく、個人としてクリエイティブディレクターとしての立ち位置が多くなりました。寧ろ起業してなかったことを驚く方も多いくらいでした。
仕事の依頼を断り続ける日々
またそれに加えて、入社前からブランディング推進のデザインシステムの設計者として関わってきた万博も、その後様々な縁があり、万博全体のデザインや体験のプロジェクトへかなり密に関わることになりました。
これはありがたく嬉しい反面、二拠点生活に加え大阪に行くことも増え、時間のやりくりで悩むことも多くなりました。その結果、時間の限界もあり依頼いただいた仕事も増え断らざる得ないこともかなり増えていました。自分のキャリアやスキルを求めてくださっている方の依頼を断るのはとても心苦しく、また家族と過ごす時間のやりくりにも悩んでいました。色々なところから声をかけて頂くのは大変ありがたいのですが、自分が想像していた以上に忙しくなってしまいこのままではいけないと思うようになりました。
創造的人生の持ち時間は10年だ
宮崎駿監督の「風立ちぬ」という映画でカプローニのセリフに
「創造的人生の持ち時間は10年だ。 設計家も芸術家も同じだ。君の10年を力を尽くして生きなさい。」 という言葉があります。この言葉に僕は打ちのめされました。
ぼくの残りの創造的人生は後何年あるのだろう。
自分自身の創造的な人生は長くない。その中で、何にフォーカスすべきか?これからの10年を何に費やすべきだろうか?この限られた時間をどのように使うべきかを考えるようになりました。
その結果自分自身のやるべきことに時間を費やしたいという気持ちも出てきました。
可能であるならば、Kyashが描くヴィジョンのためにまだまだデザインの力で尽力したいという想いがあり何度も何度も考えましたが、最終的には「自分の人生において何をやるべきか?」ということを突き詰め断腸の想いでKyashを卒業し、新しい挑戦をすることに決めました。
これからの挑戦
2025年の大阪・関西万博へ向けて
かつての東京五輪、大阪万博を契機に大きく社会に浸透してきた「デザイン」。時を経て2020年の東京五輪が行われ、いよいよ2025年大阪・関西万博が開催されます。本万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。歴史上初めて「デザイン」を大テーマに掲げた万博です。トップレベルの国際イベントにおいて「デザイン」が主題に掲げられるのは、社会に対してデザインの役割やその可能性を示す絶好の機会だと思っています。
私自身、万博のデザインシステムの設計に関わってきたこと。また(まだ詳細は言えない内容も多いのですが)来年の万博本番に向け様々なプロジェクトに関わっていることもあり、まずは来年の万博の盛り上げと成功に向けて自分ができる領域で全力を尽くしたいと思います。
POST2025へ向け“未来創造の共有地”を構築するプロジェクト
AIが創造的な作業を担おうとする現代に、今改めて「人間は未来社会において、何をデザインすべきか?」という本質的な問いを多様な人たちとの対話を通して考えていくべきタイミングにあると思います。万博のその先の未来社会をいかに構想し実装していくか?という未来に向けたプロジェクトをスタートします。これは来年だけでなく今後創造的人生を通して取り組んでいきたいプロジェクトになると思います。こちらは詳しくは年始、近日中に発表したいと思います。万博100日前に公開しました!
2025年、1月6日に独立起業します
そして、もう一つ。これまでの自身の創造的人生を通じて得てきた知見やスキルを集約した新しい株式会社を立ち上げたいと思います。これまでの業界や領域を超えて、新しい創造性のあり方、クリエイティブ組織のあり方をプロトタイプし、「つくり方からつくる」挑戦をしていきたいと思います。
こちらは2025年、1月6日に発表したいと思います
感謝とこれからについて
退職は一つの大きな節目ですが、これまで私がKyashで培ってきた経験、そして出会ったメンバーとのご縁は、一生の財産です。
特に代表の鷹取さんには感謝してもしきれないほどお世話になりました。鷹取さんと夜な夜な平日休日も問わず未来のKyashについて話しをしたことは自分の人生においてとても素晴らしい経験になりました。本当にお世話になりました。
また、インナーアウター、OB問わずKyashのデザインやクリエイティブを支えてくれたチームのみんなは心から感謝しています。人間的にも素晴らしい人たちに囲まれて仕事ができたことは自分のクリエイティブ人生において欠かすことのできない経験となりました。皆さんと仕事ができたこと忘れません。そしていつもみんなには言ってきましたが、デザイナーは業界全体が同じ会社のようなものでいつでもチームを組んで仕事が出来る仕事です。今後、またどこかで一緒に仕事できることを心から楽しみにしています。
今後、Kyashがより多くのユーザーに愛され、金融体験をアップデートしていく姿を、いちファンとしても心から楽しみにしています。
最後になりましたが、ここまで支えてくださった皆さま、本当にありがとうございました。今後は新たなチャレンジの道へ進みますが、これまでと変わらぬご指導ご鞭撻をいただけますと幸いです。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
今後はSNSやブログなどを通じて、起業の進捗やデザインに対する考え方を発信していきます。フォローやご意見をいただけましたらうれしいです。最後までお読みいただき、ありがとうございました。