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わたしが考える幸せのタネ

その時は、次々に起こる奇妙な苛立ちが、その先の大きな不幸の余震であることに気がつけられないでいた


なんでもそうだよね

ぁぁ、これは繋がっていたんだ…と気がつくのはずっとあとのこと



温泉銭湯でのこと

冬の夜空、寒さのなか、露天風呂に足早に向かうと狭い入り口を塞いでいる一人の女がいた

若そうな背中。うつむいて上半身は湯船から出て露天風呂の縁に座る


こんな寒い日に…


とは思ったけれど、すぐさま入りたくて彼女の横をすり抜けて湯船にはいった

ほんとうは、そこで、

「ちょっとすみません」

と、すれ違い言うところだけど、寒いし、手すりの横で陣取って座っているのにもカチンときたし、で、黙って横をすり抜けた

ちょっとだけ肌が触れて、おっとっと、な感じで私は湯船にドボンとはいった


…それが、とてつもなく気に入らなかったんだと思う

露天風呂の寝湯に浸かっていると、彼女はやってきて、意味不明な言葉で静かに怒りを現して、ブツブツ言いながら持っていたひしゃくで何度も何度も何度もお湯をすくってはわたしに浴びせてきた


まぁ、たぶん、ちょっとした精神疾患的な方だと思う

とばっちりをくらった隣の女性は大慌てで露天風呂から去った

わたしは、というと、そんなことされて出ていくのもしゃくなので、「やり続ければ?」と無視した

彼女は、その後も聞き取れない怒りの言葉を発してはお湯の表面をひしゃくで叩いたり、お湯をすくっては巻散らかすを繰り返してからその場を去った


その時は“勝った!”と思った


ところが、そんな奇妙な怒りをかうことがその後も何度か続いた

ある時はスーパーのワゴンで通路をずっと塞ぐ親子だったり、

ある時はお店のすれ違いざまだったり、


どれもこれもが、わたし自身の心の芯にある、

マナーを守らない奴にどいてなるものか!

正しいのはわたし!

無秩序には制裁を!!


そんな強い気持ちが、おかしな行動をする彼らを次から次に招いていたのかも、と、今では思う


そしてとうとう、ほんの不注意

今考えれば、いつもであれば落ちてしまう危うさに気づけたはずなのに、わたしは高さのあるところから不注意にもひっくり返って落ちてしまった

そして、しばらくは歩くこともままならず、物も持てず、走れるようになるまで5年もかかってしまった

でもその時は、不幸の余震をその後の怪我に結びつけることはなく、ただただ痛みに耐え、自分の不注意を呪い、リハビリに専念した


少しづつ気がついたこと

人は、大きなトラブルがある前には、なにか不幸の余震が次々にあるのではないか

もしくは、心の苛立ちが、そういうトラブルメーカーを呼び寄せ、自らにも怪我やトラブルを引き寄せてしまうのではないか


苛立ちは不幸の余震… そんな気がする


けれど、苛立ちは抑えようとしても、いつだって対象の素材は転がっている


ならば、

逆に避けれることがあるならば意図的に避けてみてはどうだろう


そして、唐突に思ったのが、


譲ろう。できる限り。


ということだった


それからわたしは、出会う人すべての現象に対して『譲る』ということを実行した

建物にはいるとき、

前を歩くとき、

物をとるとき、

順番に並ぶとき、

できる限りのおもいつく譲りを実行した


それを実行し始めても簡単には目に見えて幸せにはなれなかった

でもなんとなく心が軽くなった。なんでかわかんないけど


ところが


そのうちに、そんなことくらいで、というようなことでも、「ありがとう」や「すみません」とお礼を言われることが増えた

いや、そう言ってくれる人と出会えるようになっていった、そんな感じ


だって最初の頃はそんなふうに言われることもなかったんだもの


「ありがとう」の一瞬の出会いが一日中こころを温めてくれるようになった


そしていつのまにか、たまに出会う“変なやつ”にも出会わなくなっていった


そして気がついたのだ


ひょっとしたら、これが幸せの種を撒くことなのかもしれない、と


つづく