君たちはどう生きるか
昭和の後半のこと
ある日、小学校の教室のなかで女子の物がちょくちょく無くなることが続きだした。無くなるのは些細な文房具ばかりだった
当時住んでいたところは小さな文具店が一軒あるのみ。新しく可愛い文具は遠い街まで行かなければ手に入らなかった
都会からの裕福な家族が広い土地を求めて住宅街が開拓されたような土地柄だったので、子どもたちの持ち物にも貧富の差があった。そしていつからかお金持ちの子たちの素敵な文具が度々紛失するようになった
最初の頃は誰かが盗んでいるという疑念などおこらなかったが、しだいに女子の間で、『Nちゃんが色々なものを盗んでいる』という噂が教室内でひろまりはじめる
それでもクラスの女子たちはNちゃんと表面上は仲良くしていた
Nちゃんは、わたしと同じくあまり裕福な家庭ではなかったと思う。大人しく、女子のなかでもとくに目立たない存在だった
そんなおり、貧しい家庭の筆頭株だったわたしが親戚のお土産で折り紙を手に入れた
金と銀も混ざった当時としては新しい折り紙セットで、わたしは天にも昇る嬉しさでいた。
家であきるほどながめていたが学校でも四六時中ながめていたくなった
が、ここのところ続く文房具を盗むNちゃんの噂のことも気がかりだった
しかし「学校でも折り紙を眺めていたい!」要求に勝てなかったわたしはいいアイディアを思い付いた
名前を書けばいい!
折り紙1枚1枚に丁寧に名前を鉛筆で記入し学校に持っていった
教室の机の道具入れにそっとしのばしていた金色や好きな色の折り紙を、時々そっとのぞいては幸せな気持ちでいっぱいになった
1日目、折り紙は盗まれなかった。しかし2日目とうとう盗まれてしまった
持ってきたことへの後悔。こんな素敵な文具は簡単に手にいれれないのに、、、
ところが
そこは子どもである
Nちゃんにとっても金銀の混ざる折り紙は友だちの前でみせびらかしたいほど魅力的だったようで、わたしの名前が書かれている部分を消しゴムで消して大胆にも机において折り紙をおろうとする
そしてNちゃんの席はわたしの斜め後ろだった
Nちゃんの折り紙に、わたしの名前の消しきれない筆跡があるのを後ろの席の女の子が目ざとくみつけた
「これ、あなたの失くした折り紙じゃない?」と大きな声で教えてくれた
そこからいっせいに女子が集まり、今までの噂はほんとうだった!しっぽをつかんだ!
と、ヤイヤイとNちゃんを責め立てた
今までの疑念。捕られてきた人たち。動かぬ証拠をつかんだことで女子たちは色めき立った
わたしは折り紙がみつかってほんとうに嬉しかった。戻ればそれでいい。間違いなく、その字は自分の字
ところが。
Nちゃんは怒ってこれは自分のだと言い張った。わたしの名前がどうしても書きたくて1枚1枚にわたしの名前を書いたのだと言い張った
これにはほんとうに怒りしか覚えなかった
さすがのわたしも頭にきてしまい、それまでは他の女子がNちゃんを責めても「返してくれればそれでいい」とだまっていたけれど、
「この字はわたしの字!動かぬ証拠!認めないなら先生に言う!」
と言ったとたんNちゃんは泣き出した
みんなは一瞬困ったが、後ろの席の子が、「返してあげなさいよ!」とふたたび怒りだし、そうだそうだと周りも言い、泣きながらNちゃんは折り紙を返してくれた
そこへ
ちょいちょい盗まれたことのある裕福な家のSちゃんがやってきて、こう言った
「Nちゃん、かわいそうでしょ」
「折り紙はNちゃんに返すべき」
と
はぁ?!
である
Sちゃんは、外商の会社の社長の娘で、持ち物も着る服も地元の子とは段違いに違う転校生。
ところがそれをひけらかすこともなく、天真爛漫で運動も勉強もできショートカットの似合う可愛くて男女ともに好かれていた女の子だった
女子一同沈黙した
空気が一変に変わるのを感じた
盗人Nちゃんを叱っている女の子たちと、被害者のわたしが折り紙を手にしている図が、
証拠もない盗人呼ばわりでNちゃんを虐めている女の子たちと、折り紙を取り上げているわたし
という構図にガラッと変わった
すごく頭にきた
事情も知らず、横から入り込み、正義感を振りかざす?!
「これはわたしの折り紙だから」
と言ってもそれまで賛同してくれていた女の子たちが急におしだまった
一瞬にして味方がいなくなった
Sちゃんは言う
「Nちゃんに返してあげなさい」
みんなも少しづつNちゃんにかわいそうなことをしたかも、という感じをだしはじめた
わたしがこの折り紙は自分の物と言えば言うほど空気が悪くなるのを察した
ところがNちゃんは言った
「その折り紙あげる。わたし、他の折り紙あるから」
「そうNちゃんが言うのならもらっておいたらいいんじゃない?」とSちゃんは言い、そして去っていった
わたしは2度と捕られるまいと、斜め後ろのNちゃんに聞こえるように、隣の女の子に言った
「これはほんとうにわたしの折り紙。今度盗まれたら絶対に先生に言うことにする!」と。
そしてそれ以来、わたしは、知ったかで善人ぶる人が嫌いになった
その10年後、Sちゃんのお屋敷が跡形もなく無くなり大きなガソリンスタンドになった。
聞けば、副社長が金を持ち逃げし会社は倒産したのだという
そしてタイトル
『君たちはどう生きるか』
ジブリではなく原作の小説のことをこのあいだニュースでちらりとみた
今ふたたび読まれているらしい
聞く限りでは苦手だな、と直感
とくに虐められっこの虐めた側がクラスメイトに責め立てられたときに、虐められっこが、自分と同じめに合わされている虐め少年をかばったというエピソードに辟易
そんなのは、虐められぬいたことのない偽善な人間の思い付くことだと思っている
仕返しする必要はないが、やった人間は責め立てたられるべきである
現にNちゃんは、「今度やったらほんとうに先生に言う!」というわたしの強気の発言にびびったのかそれ以来盗みはピタッととまったのだから
このことを反芻して思い返すたびに色々な意味で
人は信用ならない
と、Sちゃんの家の没落と合間って子ども心に深く刻まれたと思う