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お盆になると、なんとなく『魂』に気持ちがいく

なにやらYouTubeでは、
亡くなった人の魂は、生まれ変わりのために、あの世の道先案内をして徳を積むとか、
あの世ではふたたび生まれ変わるために長い行列を作るとか、

そんな話をする人がいるが、

生まれかわりに必死って、
どんだけあの世って辛いねん

言いたくなる


わたしはもう生まれ変わらなくていいと思ってるけれど、逆にあの世にはいさせてもらえないとか???


生まれ変わり

のほかに

亡くなってすぐの魂が虫や動物に宿るという説もあったりする


我が家には亡くなった父が飼っていたインコがいる


父はとにかくわがままな人で、飼ったペットが気に入らないと世話をしない非情な人

インコを育ててみたら思ったより可愛くないと、使っていない部屋に押し込めていた。母もそれを黙認していた。結局父が入退院を繰り返したのでインコは我が家でひきとった

そして父が亡くなったある日、我が家の玄関で飼っていたそのインコが、突然、ビィーッ!ビィーッ!と人を呼ぶように何度もうるさく鳴くようになった



高齢の父は、亡くなる2ヵ月前から寝たきりになっていた。そして寂しさのあまりに母をトイレさえも行かせないくらいに側にいさせた

食事の支度など少しでもベッドの側から離れると、
「かーさん!どこだっ?!かーさん!」と来るまで叫び続けた

父が亡くなったその夜から、玄関で、ずーっと「ビィー?!ビィーー?!」
と人恋しく鳴き出したインコ

その様子に、ふと、まさか父がのりうつった?と思ってしまった

すると、不思議なことに、その後、インコは今までにしたことがなかった行動にでる
ある日とつぜん、鳥小屋に敷いている紙をくちばしで細かく裂くようになった。丁寧に丁寧に熱心に細かくしていく


そのようすを見てふと思い出した

父が趣味にしていた蘭の花の手入れする姿を

蘭の花は数えきれないほどあり、居間に隣接した温室にびっしりと置いていた

一日中、鉢から蘭を抜いては根を洗い、ハサミで根をカットしていた父。
水苔を絡めてまた鉢にいれる

なん鉢もなん鉢も毎日毎日

一日中熱心に紙を細かく千切りだしたインコを見ているとありし日の父を感じ、
人の魂が虫や動物に宿るというのはあながち間違ってはいないかも、と思ってしまった


人間でいるということは、魂を育て成長させている、という話しもある

殺人鬼など罪を犯した人間は魂が育ったなどとは到底思えない

そんな極悪非道な人間の魂はなにに宿るのだろう

悪事を働き魂を成長させれなかった罪人の魂が宿るのは虫ではないだろうか

人に踏みつけにされたり、蜘蛛の巣にかかったりして餌食になっては、心は人間の魂のままで繰り返し虫に宿るのだとしたら、それは、ほんとうに地獄だろうなぁ、などと妄想したりもする

自殺の魂はどうなるのだろう

自殺も自分自身の殺人

そう考えると辛い