一生もの

何故?自分でも分からない。本当にどうしてなんだろう?そんな思いを抱いてしまう経験は誰にだって有るだろう。勿論、私にも。

中学2年生の時のこと。私の隣の席は優等生の女子で、休み時間になればいつも親しい友人達(5人くらい)に囲まれていた。私は、ノートの整理をしたり、当番制で私に回ってきた学級日誌に記入したりして1人時間を過ごしていた。そして、ある日ある事に気付く。

1人だけ立ったまま…
私が席を外せばみんな座れる。

彼女たちに話しかけてみた。席外した方が良い?答えは「全然!気にしないで。」その言葉に甘えて(普通は甘えないだろう)、私は自席でノートに向かっていた。彼女たちのお喋りをよそに。

それは突然のことだった。いつも通りの休み時間、の筈だったのに。楽しそうな笑い声の中から予期しなかった言葉が耳に飛び込んできた。
「ひかるもそう思うでしょ?」
え?何?聞いてなかった…
私の言葉にみんな笑う。そのうちの1人、理絵ちゃん(仮名)が笑いながら言う。
「そんな時は、『うん』って言えば良いの!」
う、うん…
素直な私の反応にまた笑い声が。何なんだろう?腑に落ちない思いを抱えながらノートに目を落とす。まもなくチャイムが鳴った。それを合図に各自自分の席に戻る。その隙に理絵ちゃんに話しかけた。
こういうのって聞き耳立てちゃいけないんじゃないの?理絵ちゃんはキョトンとした表情で答える。「聞こえちゃうならしょうがないんじゃない?」え、でも…「聞かれたくない話する時は私たちが別の場所に行くし」あ、それもそうだ。納得した私は、突然の話題振りに注意を払いつつ机に向かうようになった。
案の定、ガンガン振られるようになった。
「どう思う?」うん、その通りだと思う。
「これは?」もしかしたら〜かも?「へー」

いつの間にかそんな会話が日常になっていた。
最初は休み時間の内、僅かな数分だけだったのが、まるまる10分喋り続けて、あー、ノート整理できなかった…「ごめーん」なんてやり取りをした時も。

これだけなら、普通の女子中学生たちの楽しいひと時と感じられるだろう。しかし、私は男子の制服を着ていた。黒い詰襟の学生服を。彼女たちは紺のセーラー服にプリーツスカートを。傍から見れば異性の集団。何故、彼女たちは私を受け容れたのだろう?どちらかと言えば彼女たちはそれ程異性に関心を持つタイプでは無かったように思えたのだけれど。

この経験は、私にとって非常に重要なものだった。というのも、

女性の集団の中でどう振る舞うべきか、を知識という机上の理論ではなく、実際に試行錯誤して実践的なスキルとして身につけることができたからだ。

間違った態度を取った時、不適切な発言をしてしまった時、彼女たちは態度で示してくれた。私が(戸籍&身体上)男だから、といって容赦など一切無い。でも、ちゃんと謝ったら許してくれた。

してはいけない/出来るだけしない方が良いことを、言ってはいけない/出来るだけ言わない方が良いことをしっかりと把握できたことは今でも私の財産になっている。

でも、本当に不思議だ。確かに私は坊主頭に詰襟だったけど、あの時間は、あの言葉を交わした時間だけは髪を1つ結びにして、セーラー服を着てとプリーツスカートを履いていた気分になれた。同性間の心の通う感覚を感じることができた。きっと私だけの思い込みでしか無いのでしょうが。

彼女たちには本当に感謝してもしきれない。
魔法のような体験。
一生の宝物。

おまけ
ある夏の日のこと。みんなでワイワイお喋りしていたら「あ」という声が。ん?と思い声がした方を見たら理絵ちゃんが制服の中に手を入れてごそごそなんか手を動かしているうちにプチって音が。「何見てるの?!」ごめんなさい「素直でよろしい」フロントホックのブラジャーを留め直していたんですね。
信頼されてたんだか、舐められてたんだか、よく分からない。性的な意味での異性とは認識されていなかったということは分かった。でも、それがもの凄く心地良かったのを覚えています。