【好きな曲を熱く語る②】群青/スピッツ【優しかった時って?なぜ嘘つきと呼ばれていいの?】
見出し画像

【好きな曲を熱く語る②】群青/スピッツ【優しかった時って?なぜ嘘つきと呼ばれていいの?】

Hikari


スピッツは魅力的な歌詞が本当に多いですが、中でも特に好きなのが群青の歌詞です。

優しかった時の 心取り戻せ 嘘つきと呼ばれていいから

今回はこの歌詞を聴いて、僕が感じたことをご紹介します。

かなり個人的な解釈になってしまうことをご了承ください。

「優しかった時」っていつ?

皆さんは「優しかった時」と聴いて、いつのことを思い浮かべますか。

僕は生まれたての赤ちゃんの頃を思い浮かべます。

生まれたての赤ちゃんは、文字通り、一人で生きることができません。両親をはじめとした多くの方々に支えられて、初めてこの世界を生き、成長することができます。

純真無垢だった赤ちゃんが、人々の愛や優しさに触れれば、赤ちゃんの心にも愛が芽生え、人々に対して優しくなれるのだと思います。

優しさを失うとき

ところが中には、何らかの原因で赤ちゃんの頃の優しさを失ってしまう人もいるのではないでしょうか。

僕もそのうちの1人です。

幼い頃から両親が毎日のように喧嘩している家庭環境で育ったので、「もしかしたら人って、優しくないのかもしれない」「人は自分を脅かす存在である」と考える癖がついてしまいました。

脳の中では、いくつもの神経細胞がネットワークを構成していて、そのネットワークが、その人の思考や行動といった様々なものを決定します。

おそらく両親の喧嘩にさらされた子どものときに、僕の脳の中で「人は怖いものだ」「他者は敵である」と考えるネットワークができてしまったのだと思います。

今でこそ少なくなりましたが、バイトのときにお客様に対して、相手を敵対視してしまうような、直視し難い邪悪な感情を、自分の中に感じることが多くありました。


なぜ「嘘つきと呼ばれていい」の?

それでは他者に対する優しい心を取り戻すには、どうしたらいいのでしょうか?

僕の結論は、他者に対して繰り返し繰り返し、優しくすることです。

それは一見すると、自分の心に対して嘘をつく行動なのかもしれません。心では「この人は自分の敵である」と感じているのに、優しく接するのですから。

でもだからといって、優しくしないでいたら、いつまで経っても他者を敵対視する神経細胞を組み直せません。

嘘つきと呼ばれてもいいから、繰り返し繰り返し優しくすることで、他者に対する慈悲の行動が脳に届き、赤ちゃんのときに持っていた、優しい心を取り戻せるのだと思います。

実際に僕は、学生のときにバイトをしていた頃と比べて、他者に優しくし続けた今の方が、はるかにお客様を敵対視する感情を感じることが少なくなりました。

優しかった時の 心取り戻せ 嘘つきと呼ばれていいから

改めて、優しい心を失ってしまった人に対して希望を与えてくれる、とってもとっても素敵な歌詞だと思います。

この記事が参加している募集

私の勝負曲

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
Hikari

いつも読んでくださりありがとうございます。いただいたサポートは、NPO法人などへの寄付に回させて頂きます。

ありがとう
Hikari
何かを共有するため、愛を循環させるためのnote 瞑想/運動/音楽/人とのつながり/自然とのつながり ブログ→https://kagayakuhikari.com