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2021年2月の記事一覧
あなたを好きなひとが好き
冬の虹あなたを好きなひとが好き 池田澄子(『池田澄子句集』)
好きなひとは好きなひとに通じているかもしれないというこの世界のルールがあって、好きなひとの好きなひとに出会ったらその好きなひとは私の好きなひとかも知れない。
私たちはずっと誰かに片思いしているけれど、その片思いの果ての果てには多分私が体育座りをしていて、少し虹も出ている。
私は大人だったのでもう体育座りはしないつもりだったのに、
むかしこのへんは海でした
はるのやみ「むかしこのへんは海でした」 長嶋有(『春のお辞儀』)
ほんと俳句ってなんだろうな、とときどき思う。
こんなに短いのにその中で出会ったひとがとつぜん私に話しかける。あのね。むかしこのへんは海でした。そしてその後はほんとうの闇だ。だれにもなんにももうわからない。今が昔だったらもう二人とも私も含めて海の中だ。
やみとうみ。
大学に入ったばかりの頃、俳句サークルに入ろうとして集合場所まで
君は少しこわれている
君は少しこはれてゐるね夏の月 佐藤りえ(『いるか探偵QPQP』)
なにもかもがこわれたわけでもなくて、でも全部がちゃんとうまくいっているわけでもなくて、君にその私の全部を見せているわけでもなくて、月が光っていて、私の少しを感じた君が、「君は少しこわれているね」と口にしたのは、昔ちがう君からもまったく同じ言葉を聞いた気がして、ああそうだよ君はとても正しいよ、と思ってしまう。月は凄く長くよく光る。
僕は眠る君は起きていて
春の光ぼくは眠る君は起きてゐて 佐藤文香(『君に目があり見開かれ』)
光の中で本当に置いていかれたのは僕と君のどっちだったんだろう。
「僕は眠る、君は起きていて」
俳句という、さっと来て、さっと帰ってゆく詩の中で、
僕は君を置いていくことになる。
僕は見送られる。
たぶんまた、会えるけれど。
今は。光。