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現代短歌

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まるでおまえ百人くらいいそうだねけれど百では少なすぎるね  柳谷あゆみ(『ダマスカスへ行く 前・後・途中』)
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2021年2月の記事一覧

こぼれるような青赤黄色

こぼれるような青赤黄色

信号としての役目を終えてからこぼれるような青、赤、黄色  伴風花(『イチゴフェア』)

信号機の本当の役割は、この世界には青、赤、黄色があります。あなたが生まれたときも、この世界から去るときも、この世界には、青、赤、黄色があります。どんなにあなたが疲れていても、青、赤、黄色があなたを支えています、ということをただ伝えるためだけに信号ってあるんじゃないかなと思うこともある。

私たちが信号に立ち止ま

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ついてきてくれるまだあたたかい

ついてきてくれるまだあたたかい

どこへいくときもついてきてくれる幻になってもまだあたたかい  東直子(『十階』)

幻の方が近くに感じられる日がある。ああ今日は幻が私の一日を守ってくれたんだなという日が。私はわかってるし、幻の方もわかってる。会話することはできないけれど、後ろを歩いているのが、振り向かなくてもわかる。

あたたかいのでファンタジーでないこともわかってる。

「ファンタジーじゃないよ。いるから」と幻は言う。

わた

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やさしいひとがやさしいひとが

やさしいひとがやさしいひとが

自転車を押しつつ呪文のように言うやさしいひとがやさしいひとが  東直子(『セレクション歌人』)

この世界にはやさしいひとが補充されてゆくシステムがあるって聞いたことがある。そのひとは私がもう眠ろうとしたときに話し始めたので、肝心なことは聞けていない。

私が聞きたかったのは、私もその補充されたやさしいひとなんですか、ということだった。でも優しさうんぬんの前に私は眠ってしまっていた。それはやさしい

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毎日のように手紙は来るけれど

毎日のように手紙は来るけれど

毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである  枡野浩一(『ドレミふぁんくしょんドロップ』)

世界でいちばん短い手紙は、「?」と書いて送ったら、「!」と返事が来た手紙だそうだ。

逆でもいいなと思う。

「!」と君に送ったら「?」と返事が来る。
そうやって私たちは手紙を出し合い続ける。

時々は、間違って手紙を食べないで、と願う。でも「食べないで」の「!」としか書けない。

祈るときもそ

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返事を声に出せなかったの

返事を声に出せなかったの

宇宙から呼ばれたような気がしても返事を声に出せなかったの  枡野浩一(『アックス93』)

私が緑色のクリームソーダを注文したらこんなことを言った。
  
「もしもこの星に来てはじめて頼んだものが緑色のクリームソーダだったら、なんか納得するんじゃないかな、この地球のこの飲み物に。
この地球も他の星とつながっていたことを表すものがこの緑色のクリームソーダなんじゃないかな。だってふつう発想しないでしょ

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抱きしめているんだよ

抱きしめているんだよ

抱きしめているんだよだからそれでいいじゃないかそれに眠ってるんだよ  柳谷あゆみ(『ダマスカスへ行く 前・後・途中』)

最悪になったらどうしようっていつも思う。
一生懸命やってそれでも最悪になっていったら。

「一生懸命やったんですが私は今こういう形でこういう風に言うしかありません。最悪です」

そう言おうか。
そうして頭を下げる。上下左右いろんな風に振りまいた頭を、最悪に向けて、しっかりと碇の

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好きでしょだって光っているわ

好きでしょだって光っているわ

好きでしょ、蛇口。だって飛びでているとこが三つもあるし、光っているわ  陣崎草子(『春戦争』)

こんな歌が歌えたらいいのになと思ったことがある。

蛇口に驚いた私は、蛇口のことよりもまず君に話しかける。好きでしょ?
多分これから私の話を聞いた君は蛇口を好きになるよ、きっと。
でも私はもっと君に蛇口の秘密を教えてあげる。飛びでているとこが三つもあるし、何よりそれは光っている。気がついてる? 私は気

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恋人と棲むよろこび、かなしみ

恋人と棲むよろこび、かなしみ

恋人と棲むよろこびもかなしみもぽぽぽぽぽぽとしか思はれず  荻原裕幸(『あるまじろん』)

ぽ以上ぽ以下のものってあるのかなと思う。
もしぽって言われてしまったとしたら、もうそれはぽ以外ありえないんじゃないか。ぽ、に、ぽ。

ある真夜中にふと目が覚めると恋人が冷蔵庫の前に立っている。私の気配に気がついて、恋人は私の方を向き、ぽと言う。
なんとなく私は返事をしなければいけないような気がして、ぽと言っ

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