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『誤作動する脳』出版インタビュー

誤作動する脳』(医学書院。2020年)の韓国語版(dadalibro。2021年)出版に合わせて、韓国の週刊誌「時事IN」にインタビュー記事が掲載されました。これは、記者からの質問に書面で(日本語で)回答したものです。翻訳されることを意識して平易な言葉で書いています。

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Q1. 当事者の立場から見た「レビー小体型認知症(レビー小体病)」とは、どんなものですか?

一般の人が「認知症」に抱くイメージとは、かなり異なっています。「全身の病」でもあり、身体的につらい症状があることは、知られていません。
私の場合、様々な脳機能の障害があっても、思考力は保たれているので、自分で工夫を重ねて、困りごとを減らすことができています。


自分が当事者になってわかったのは、時間がわからなかったり、計算ができなかったり、道に迷ったり、幻覚(幻視、幻聴、幻臭など)が出るのは、「知性を失った」ためではないということです。
進行していけば、情報を統合して思考することが、徐々に難しくなるのだと思います。でも、少なくとも今の段階では、いくつかの脳の機能の低下のためにできないことがあっても、それは、知性や人格とは、何の関係もありません。


また多くの症状は、固定されたものではなく、症状の出方には波があります。悪いストレスや疲れで脳の機能が急激に落ちるので、それを避けるように努力しています。
薬の副作用が出やすいこともこの病気の特徴なので、薬に十分に気をつけて、心身の状態をできる限り良好に保っていれば、「進行がとても遅い人は珍しくない」と医師からも聞きました。決して、「進行の早い病気」ではありません。
健康な人でも、ストレスや疲れで脳の機能は落ちます。私たちも同じです。ただレビー小体型認知症の人は、より繊細でもろい脳を持っていると感じます。
補足:米俳優のロビン・ウィリアムズ氏は、生前、パーキンソン病とうつ病の診断を受けていましたが、死後の解剖で、レビー小体型認知症だったと発表されました。
アルツハイマー型認知症とは異なり、この病気は、記憶障害から始まらず、認知機能の低下が出る前に、多種多様な症状が現れます。その症状も一人一人違います。そのため誤診されやすい病気です。
アルツハイマー型認知症と診断された人の中にもレビー小体型認知症を併発している人が珍しくないことも研究(解剖)によってわかっています。


Q2.診断を受けた後、医学書で「若年性レビー小体型認知症は進行が早い。予後は悪く、余命は短い」という説明を読まれたと書かれています。そういう解説を読んだ時、どんなことを考えましたか?


50歳でレビー小体型認知症と診断された時、医師から、「41歳でうつ病と診断された時には、(うつ病ではなく)すでにレビー小体型認知症を発症していたのだろう」と言われました。「診断後の平均余命は、10年ない」と本に書かれていたので、41歳で既に発症していたなら、50歳の自分の余命は、長くない、孫を抱くこともできないだろうと思いました。これから急速に進行して、遠くない将来、寝たきりになって死ぬんだと、真剣に考えました。
また当時、「レビー小体型認知症は、幻視に興奮して暴れる。暴力的になる。アルツハイマー病よりも介護が大変だ」など、希望の持てる情報が、まったくありませんでした。自分がそんなふうに家族を苦しめるようになるなら、そうなる前に、この世から消えなければいけないと一時期は真剣に考えました。
自殺では家族が一生苦しむので、事故死に見える死に方を考えていましたが、たとえ事故死でも、家族は悲しむと思い、生きようと決心しました。


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Q3.嗅覚がないことに突然気付いた話は、印象的でした。嗅覚や視覚に異常が起きて受ける衝撃は、非常に大きかったと思います。そんな五感の異変に初めて気づいた時、どうだったのですか? また、それをどのように受け入れていったのですか?


怖かったです。指を1本1本切断されていくようで、「次は何を失うのだろう」と思いました。
でも、嗅覚に関しては、毎日のことなので、慣れてしまいました。ないものを意識するのは難しく、ないのが当たり前になります。ただ、金木犀や沈丁花など、香る花を見て、匂いを感じないと、毎年寂しく思います。その花の香りが、子どもの頃からとても好きだったので。
失ったものに関しては、「それがあれば良かったのに…」とは、思わないようにしています。そう思うこと自体がストレスになって、よい影響は何もありませんから。


Q4.ご自身を説明する時、「座敷童子が見える人」「脳が時々誤作動する人」など、どんな表現がよいでしょうか? ご著書を読みながら、現代社会がいわゆる「非正常」(非正常の意味も疑問ですが)を受け入れる度量が、昔と比べて狭くなったのではないかと思いました。

「脳が時々誤作動する人」と思ってくだされば、うれしいです。
私の幻視は、人よりも虫(ハエ、クモ)や動物(猫)などの方が多いです。

今の社会は、より排他的になっている思います。表面上は、「個性」とか「多様性」といいつつ、実際には、受け入れない。心に余裕のない人が増えて、息苦しく、冷たい社会になっていると感じます。
発達障害なども、私が子どもの頃であれば「ちょっと変わった人」として受け入れられ、彼らが活躍できる場は、もっとあったように思います。今は、「平均値から外れた人」には、生きにくい社会になっています。
みんな急いでいて、少しも待てない。人の失敗を許さず、集団で攻撃する。少しの不利益も我慢できない。そんな態度が珍しくない社会になってきて、怖いと感じることがよくあります。
効率ばかりを求められる社会では、人間も機械の部品のように扱われます。今は規格に合っている人でも、いつそこから外れてしまうかわかりません。弱者に寛容でない社会は、健康な人にとっても、不安で息苦しいものです。誰も幸せにしません。


Q5.車の中に人が見えるのがレビー小体型認知症の典型的な幻視の1つだと初めて知りました。初めてそのような幻視を見て困惑する人に、どんな声かけをしてあげればよいでしょうか? 家族や周りの人は、どう向き合えばいいのか、何かアドバイスをお願いします。


本人に:この病気の幻視は、あなたの知性とも精神とも人格とも関係ありません。人は、誰でも遭難など危機的状況で幻覚(幻視や幻聴など)を起こす仕組みを脳に備えています。この病気では、誤作動によってそのスイッチが勝手にオンになってしまいます。
幻視は、あなたに襲いかかったりしませんから、大丈夫です。幻視は異常なものではないと理解してくれる人(家族や同病の人など。)と幻視について自由に話すことができれば、安心できますし、幻視があっても何も問題ではなくなります。

家族に:幻視を異常視して、薬で消そうとしないでください。多くの場合、副作用で苦しみます。
家族は、幻視を一方的に否定したり、タブー視するのを止めてください。「何が見えるの?」と訊ね、本人の話をよく聞き、「へ〜。面白いね〜」と、一緒に楽しんでほしいです。ユーモラスな幻視や美しい幻視、可愛い幻視も多いです。幻視を一緒に笑って楽しんでいる家庭では、病気の進行も遅いですし、良い状態を保っています。本人に不安がある時は、怖い幻視が現れたりしますから、その時には、とにかく不安を減らし、安心してもらうことが大切です。

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Q6.家族と周りの人は認知症の当事者とどう向き合えばいいのでしょうか?


「認知症のAさん」ではなく、「(一人の人としての)Aさん」と考えて、向き合えば、困ったことは減ると思います。
多くの人は、「Aさん=認知症」という曇った目で見ます。すると、できないことばかりに注目し、能力を過小評価し、役割を取り上げ、本人の気持ちや考えに耳を傾けなくなります。それは病状を悪化させる対応です。「認知症」は、その人のほんの一部分でしかなく、その人の本質(優しい性格など)は、そのまま残っていますし、少しの助けや工夫があれば、できることは、たくさんあります。
長い人生を懸命に生き抜いてきた一人の人として、敬意を持って接してもらえれば、できないことの増えた不安や自信喪失から脱することができます。精神的に安定すれば、トラブルも減ります。「認知症の人」として見下すように接することで、本人は、深く傷付き、より不安になって混乱し、ストレス反応として、激しい言動などが出てしまったりします。


Q7.認知症について人々が持つ誤解と偏見の中で何が一番受け入れ難かったですか?


「知性も思考力も失っているから(stupidだから)、色々なことができない」
「頭がおかしい異常者だから(crazyだから)、ありもしないものが見えると言う」


Q8.「患者自身が読むことを想像すらしない専門家によって書かれた解説は、患者にとっては凶器となります。」という一節に深い印象を受けました。凶器にならないために、専門家は、どんな姿勢で解説を書くべきでしょうか? 本の後半に、「診断する時、希望を一緒に伝えてほしい」と書かれています。専門家の発言についてさらにお話を伺いたいです。


まず、「患者本人が読む」ことを常に意識して書くこと。(本や記事を読んで、自分の病気について学ぼうとしている若年性認知症当事者は少なくありません。)
そうすることで、一般の人に与える印象やイメージも変えられます。社会に蔓延している認知症へのスティグマ(ひどいイメージ)を減らすことができます。
例えば、医師の書いた本の中で、レビー小体型認知症の原因を「脳に異常なたんぱく質が溜まり、神経細胞を死滅させるから」と書かれたものを、診断されたころに読みました。
不安でいっぱいだった時、「異常」「死滅」という言葉には、恐怖と絶望しか感じませんでした。「異常」を「特殊」に、「死滅」を「減少」に替えるだけで、印象は、まったく変わります。そうした小さな配慮が、診断のショックによって非常に繊細になっている当事者には、大きな違いを生むことを知ってほしいです。
認知症の情報は、日々更新されていますから、古い絶望的な情報は捨てて、常にアップデートしてください。
専門家は、自分が書いたり、講演会で話したりする一言一言が、認知症への偏見を強化するものか、減少させるものかを、常に考えてほしいです。偏見を減らすために力を貸してください。

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Q9.①ある医師が樋口さんについて「レビー小体型認知症ではなく、うつ病だ」という文章を書いたと本の中にありましたが、その医師はなぜそんな文章を書いたのでしょうか。②レビー小体型認知症は、そんなにうつ病と区別が難しい病気なのですか。③「認知症らしくない」とよく言われたそうですが、今もそんなことを言われているのですか。④そんな言葉をどのように受け入れているのか伺いたいです。


①理由は、わかりませんが、認知症医療や精神科医療に疑問を投げかけたことに対して、自分の診療への批判と受け止めたのかも知れません。自分の経験や教科書に書かれていること以外は、「間違っている」と考え、誤りを正そうという「正義感」に駆り立てられたのかも知れません。
②進行にともなって、徐々に典型的な症状が出そろってきますが、ごく早期の段階では、認知機能の低下が見られないからです。(パーキンソン症状など、違う症状から始まる人もいます。)
この病気の発見者は、小阪憲司氏という日本人医師ですが、「認知症から始まらないこの病気をレビー小体型認知症という病名にしたことで誤診を増やした」と、お会いした時に話されていました。(小阪憲司氏が、最初につけた病名は、「びまん性レビー小体病」です。)
③言われます。レビー小体型認知症という病気を知らない人は、まだまだ多いです。古い情報(進行が早く、余命は短いなど。)を信じている人も。
④私のさまざまな障害は、外からは見えません。見えないものは、理解できなくて当たり前だと、今は思っています。ずっと以前は、「なぜ理解してもらえないのだろう」と悩みましたが、そう考えること自体が、悪いストレスになって症状を悪化させるとわかったので、それを避けるためにも、正確に理解されることは、諦めています。
「そういう病気があるらしいよ」と一人でも多くの方に知ってもらえたら、状況は変わってくると思っています。そのために、この病気に関する情報を、忍耐強く発信し続けることが大事だと考えています。


Q10.この本を読んで、この世のすべての医師が必ず読むべきだと考えました。世の中のすべての医師に伝えたい言葉があればお聞かせください。


患者が希望を持って生きるための医療であってほしいです。
認知症もですが、高齢化に伴って、今は、完治しない病気と共に長く生きる患者が増えています。今までのように、薬だけで対応しようとしても、(特に精神科では)うまくいきません。特に脳は、まだまだわからないことの方が多いということを心に置いて、画像や数値ではなく、その「人」と向き合ってほしいです。「その人が希望を持って生きていけること」を目標にしてほしいです。


Q11.韓国でも最近、ケアや介護労働についての議論が活発になっています。脳に障害を抱える人に、どのような社会的支援が必要でしょうか。韓国の事情をお分からなくても構いませんので、気楽に話してくださればありがたいです。


「社会から隔離して閉じ込める」とは逆の方向に向かうことを願っています。
認知症に関して言えば、どのステージにいるかによっても大きく変わります。診断直後には、希望を持ってもらう情報が必要です。日本では、ピア・サポートも効果を上げています。
初期であれば、落ちている脳の機能は、限定的ですから、孤立を避け、友人と一緒に、今までの趣味やボランティアなどの活動を続けることは、とても大切だと思います。それを応援してほしいです。
日本では、高齢の認知症のある方に、仕事の機会を提供している所が、各地にあります。人の役に立ちたいと思っている人は多く、少しの助けがあれば、まだまだ働けるのです。働くことに生きがいを感じている人たちは、目が輝いていて、病人には見えません。
認知症のある人を「お世話が必要な人」として扱うのではなく、活躍の機会、(本人が喜ぶ)人との交流の機会をつくるのが、より良い支援だと思います。少しづつ進行はしていきますが、生きがい(生活の張り・楽しみ・良い人間関係)のある人は、「問題行動」と呼ばれるものが出ないまま、ゆっくり進行していきますから、家族や社会の負担は、ずっと小さくなると思います。


⭐️掲載誌「時事IN」(ネット版

⭐️韓国での書評(グーグル翻訳で和訳

⭐️『誤作動する脳』詳細・立ち読み(医学書院のサイト)

⭐️韓国語版の紹介文 (翻訳ソフト利用)

紹介文の1つ。(グーグル翻訳を少し訂正)【驚くべき切実な本である。真の観察と洗練された記述、生活に向けたウォームアップと強い意志でいっぱいだ。樋口直美は「認知症」という言葉に荒くひっくるめられていた様々な症状を一つ一つ説明することにより、驚異的で、奥深い世界の内部に私たちを導く。身体機能と脳、意識、体の記憶、そして何よりも、(略) 認知症は、新たな可能性の活路を見つけることができる。この本は、「認知症」について厄介な偏見と恐怖の道を出て、症状の間を接続して、地図を描き出す。患者、目撃者、証言者、記録者であり、他の自由と価値、そしてユニークな個性を伝える著者に敬意と感謝を送る。】 キム・ヨンオク(生涯文化研究所オッキサロン研究活動家)

韓国版


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