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【エッセイ】ブルーハーツとブリーチ剤

母親のお腹の中にいた頃、
リンダリンダで踊っていた。

1987年、ちょうど僕が生まれた年、
ブルーハーツはメジャーデビューをした。
デビュー時の契約では、
「絶対に歌詞は変更しない」という約束を、
レコード会社に条件として出した。
バンドブームの影響もあって、
日本中で大ムーブメントを起こすほどの、
ロックバンドになった。

それからだいぶ時が経って、
中学2年の夏、僕はブルーハーツに、
出会った、そして人生が決まった。
1stを聴いた瞬間に、血が沸騰した。
身体に電気が走って、涙と鼻水を垂れ流した。
ブルーハーツを聴く前と、聴いた後では、
世界が180度くらい宙返りをした。
「人を殺した」みたいな気持ちがした。
もし再生ボタンを押したのが屋上だったら、
僕は躊躇もなく飛び降りてしまっただろう。

戦争のように歌詞カードにかじりついて、
「神様を見つけた」とさえ思った。
格好悪くて、ダサくて、目が死んでて、
友達がいなくて、恋人がいなくても。
ありのままの自分でいいんだって、
生きててよかったって初めて思えた。
一番好きな曲は「ロクデナシ」という曲。

"誰かのサイズに合わせて
自分を変えることはない
自分を殺すことはない
ありのままでいいじゃないか"

帰宅部で友達もいなかった僕は、
授業が終わると自転車をぶっ飛ばして、
家に着くなり部屋の窓を全部閉めて。
フル・ボリュームでブルーハーツを流して。
二階の部屋で暴れまくった。
飛んだり叫んだり転げまわったり。
本をぶん投げたり、椅子を蹴飛ばしたり。
そんなことを飽きずに、
2か月近く連日のようにやっていたら。
母親が僕の頭を心配して、
精神科に連れていこうとした。焦った。

当時まだyoutubeは普及してなかったし、
ライブのビデオテープも高くて買えず。
甲本ヒロトを写真でしか見た事がなかった僕は、とにかく「高くジャンプする」という行為こそが。ロックだと信じて、甲本ヒロトに近づく為に、ギターを買ったりするわけではなく、
ひたすら高く飛ぶ練習ばかりしていた。
1時間くらい暴れ続けると汗だくで。
シャワーを浴びて、倒れるように寝て。
起きたら嫌々また学校に行った。

そんな僕のひと夏の暴動行為は、
その後、経験した快感を全部合わせても 、
足りないくらい超越した感動だった。
高校生になってバンドを組んで、
お客さんの前で「歌」や「行動」に変えた、
「ロックンロール」よりも、
独りぼっちで暴れてた中学時代の方が、
「ロックンロール」してた気がする。
純度Maxのプリミティブな爆発だった。

甲本ヒロトに心酔してしまって、
発言や語録をすべて鵜呑みにした。
学校でもノートに歌詞を書き写したり。
授業なんて全然聞かずに、
ウォークマンでずっとブルーハーツを聞いた、あの頃はいつ死んでも幸せだと思ってた。

それから高校を休学してバンドを組み、
ブルーハーツのカバーを歌ったり、
オリジナル曲を作るようになったんだけど。
「ロックンロールって何?」
「これってパンクロックだろうか?」 って、
未だに分からないし、考える時がある。

ロックの演奏や歌い方や歌詞の書き方は、
少し理解できるようになったけど、
それらがロックンロールと直結してるか。
あの爆音、あの感動、僕が憧れた世界や、
夢を見た世界とは僅かにズレてる。
その数ミリが本当に大きくて、
今でも探してる、数ミリの差って奴を。

僕はそれを知らないまま死ぬかもしれない、
それでも死ぬときは「ああ楽しかった」と、
言えるのは全て、音楽と出会えたから。
ブルーハーツの1stアルバムを聞けば、
いつだって、どこだって最高になれる。
それだけあればいい、そんなものがあるんだ。

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