「学歴」目当ての男達・女が「自発的」に失った名誉

政権与党である自由民主党の猪口邦子氏が、日中歴史問題は日米の同盟を引き離そうとする中国の陰謀であると主張する陰謀論の本を、アメリカ合衆国モンタナ州に住んでいる人類学研究者山口智美氏に送りつけるという出来事があった。

詳細は、山口智美氏がSynodosに掲載した記事を確認してほしい。

▼「猪口邦子議員からいきなり本が送られてきた――「歴史戦」と自民党の「対外発信」」『Synodos』(2015.10.21)


自民党には、中国・韓国との摩擦の原因となっているアジア・太平洋戦争の人権問題を全否定しようとする運動がある。その運動に、国際政治のスペシャリストであり軍縮外交に携わってきた猪口氏が加担しているというのは、少なからず世の中に衝撃を与えた。

猪口氏は、国会議員になる前に大学生のインタビューに対し、議場外交コンフリクトの解消の仕方について語っている。長くなるが以下に引用する。

対立する場合、漠然と対立することはまずなく、具体的な問題があるわけですから、分析をしっかりするということが重要です。軍縮会議には65カ国が参加し、様々な利害対立が当然ながらあります。それらのうち絶対に譲れない問題の焦点を絞り、最後に残った本当の問題の解決を外交努力によって働きかけます。

(中略)

根本原因がわかれば、いろいろな方法があります。まず、対立していることが全員にとっていかに不合理かということを訴える方法があります。また、どちらかがどうしても譲らなければいけない状況だったら、譲った方の面子が絶対につぶれない方法を考えることが必要です。圧力によって道を譲らせるのではなく、「名誉ある退路」といいますが、自分で高見の立場から譲ってくれるという場をつくることが大切です。

(中略)

根本的に重要なことは、国はみんな主権国家で平等という大前提がありますから、それを踏みにじったり、弱小国だからといって圧力をかけようとするとすぐ逆効果になります。

▼「猪口大使に対する軍縮インタビュー「軍縮の現場から~議場外交に求められる人間像~」」外務省(2002.12.26)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/listen/interview/intv_22.html

「歴史戦」と称される与党のプロジェクトには、彼女の知見は何も反映されていないと思われる。コンフリクトの根本原因を十分に掘り下げているとは言えないし、対立している相手の面子を潰さずに撤退させるという方向性もない。ユネスコ問題で明らかのように、政治的な圧力を露骨に使っている。

今回の件について、猪口氏はインタビューに答えている。

▼荻上チキ「【書き起こし】自民党・猪口邦子 参議院議員 電話インタビュー」『荻上チキのSession22』TBSラジオ(2015.10.30)

彼女のインタビューを読むと二つのことがわかる。一つは、他の自民党議員と異なり旧日本軍慰安婦問題を戦時における非戦闘員特に女性の人権問題であるということを認識していること、もう一つは、送った書籍への評価を徹底的に避けているということである。

猪口氏は自民党の旧日本軍名誉回復キャンペーンに洗脳されたわけではなく、内心このキャンペーンのことや贈った書籍のことを馬鹿にしているのではないか。そんなことが透けて見えるインタビューであった。

ではなぜ彼女が、書籍の発送者になったのか。それは、彼女がイェール大学でPH.Dを取り、国際会議の大使を務めたからだ。自民党の議員の多くは、大学院の学位を持っていない。彼らの知識によってではなく、地方や業界団体の代表として担がれてきた人間にすぎない。国内には影響力があるが、海外には何の発信力のない人間ばかりである。そんな集団の中で、海外の有名大学で学位を取った人間がいれば、使わない手はないだろう。自民党の政治家は男ばかりだから女性ならイメージを刷新できるいと考えたのかもしれない。

猪口氏はかつて少子化・男女共同参画大臣を担当した。現在の安倍政権は「女性活躍推進」や「一億総活躍」という言葉を掲げている。国際政治の知識や経験については何の期待もされていなくて、ただイェール大学でPh.Dという「学歴」のみが評価されるなんて何という「活躍」だろうか。旧日本軍慰安婦問題においては、自発的だったのか強制だったのかということが議論されることがる。国会議員になるためには、研究者としての名誉を「自発的」失わなければならなかったということは、自発性と強制を考える良い示唆になるかもしれない。

同世代の女性議員である野田聖子氏が地方の古臭い利権政治家であるにも関わらず、というかであるが為に、小泉政権下での郵政事業の民営化に抗い、現在の安倍政権を批判することができるということが評価される昨今は悲しいばかりである。

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