古市憲寿を引っ叩きたい

なんだろうね、古市憲寿氏の本を読むと、ものすごくイライラするのは。

世の中、本を読む人間として研究者、研究者でない読書マニア、そして年間1冊読むか読まないかの人がいて、古市氏はほとんど読まない人向けに本を書いているんだな、と思う。研究者は研究者以外向けにも本を書くけれども、ターゲットは読書マニアであって、ほとんど本を読まない層向けに書いたというのは結構画期的な出来事のような気がする。だから、研究者や読書マニアが読むと新しいことがない、これがイライラする理由の一つ目。

読書マニア向けの本である、小熊英二の『インド日記』や原武史の『滝山コミューン1974』は私にとって面白い。知的な発見があるから。

古市氏の果たしている役割というのは、アカデミアの研究の知見をもっとも遠いところに伝えることだと思う。理系の世界だとサイエンスライターというのがいて、研究の発見を噛み砕いてわかりやすく伝えている。有名な人を挙げれば、竹内薫や立花隆だろうか。古市氏もベンチャー企業の若手コンサルタントが、社会学のコミュニケーターをしていると考えれば、違和感がなくはない。けれど、竹内薫や立花隆の書いた本を読んで、彼らが何か重大な実験に成功しただとか、何かを発見しただとか勘違いする人はいない。けれども、古市氏の本を読むとあたかも自分の研究であるかのように読めてしまう。引用しなくてもいいギリギリのところで、研究者達の過去の研究の積み重ねを使っているのがイライラする理由の二つ目。

イライラする理由の3点目を挙げるならば、彼の研究に目新しさがなさそうだ、ということ。青年の船に乗る青年を研究して何が面白いのか、と。青年活動の研究なんていっぱいあると思うんだよ。修士論文の題材に選ばれたピースボートは青年の船というイメージに反して、乗っているのって中高年が多い。このギャップの方が面白いと思う。なぜ中高年に選ばれ、中高年はこの旅で何を求め、何を得たのか。古市さんの論文では「観光」の一言になっているけれど、働いている人であれば長期の休暇を取ることは難しいし、リタイアしていても世界一周船旅って少しハードルが高いと思う。

博士論文のテーマが起業家論なのだけれども、関連する論文が雑誌「社会学評論」に載っていたが、それほど心動かされるものではなかった。日本政府の1990年代以降の無責任に起業を煽る言説を批判している訳だけれども、古市氏も理解している通り開業率は低迷していて、煽られて起業して失敗した人なんて数えるほどで、一体何の為の批判なのか、と。確かに中小企業支援の文脈において、政府のベンチャー論は中小企業の実態と乖離しているという批判はあって、その文脈ならば意味のある批判だとは思う。古市氏はあるべき中小企業支援政策を論じたい訳じゃないだろうから、なんかすっごくずれている。

▼古市憲寿(2012)「創られた「起業家」日本における1990年代以降の起業家政策の検討」『社会学評論』


▼三井逸友(2000)『中小企業政策の「大転換」?ー「中小企業の不利の是正」の問題を中心に』


なぜこんなことを書こうと思ったかというと、大岡頼光の『教育を家族だけに任せない 大学進学保障を保育の無償化から』という面白そうな本を本屋で見つけたから。古市氏も保育の義務教育化について本を書いていて、大岡さんのことはよく知らないけれども、他人が長年研究してきたであろうテーマにかぶせて本を出して、あたかも他にそのことについて研究している人はいないような印象を抱かせてしまうのに、ものすごいやりきれない思いがしたから。

大岡さんは大学の正規雇用の教員だけれども、自分が若手の食えない研究者だったとして、研究テーマに似たことを大して別の人が時間をかけずさらっと書いて、世の中で脚光を浴びたら、一体自分は何の為に苦しい研究生活をしてきたのかと思うにちがいない。

実際に私自身が、人文系大学院にかつていた経験からして、間違いない。

もし、こんなことを彼が続けていたら、どこかで引っ叩いてやりたい。

▼大岡頼光(2014)『教育を家族だけに任せない 大学進学保障を保育の無償化から』


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