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Ep22(最終回)お元気で!リチャード

なんで日本人はすぐに土地を売買するのか?老人ホームに入るために家を売り、土地を売り、そういう話をよく聞く。現代の生活とはそういうものなのだろうなと、少し寂しげにつぶやくリチャードなのである。3月は企業の決算期。駐在を終え、日本に帰任となる一つのタイミング。生活の区切り・・・そこから連想したのだろうか。

土地事情。ヨーロッパではちょっと違うんだ。1067年、ご先祖様がノルマンディーからイギリスに入植して以来、今日に至るまでの実に10世紀もの間、我がファミリーの土地は脈々と受け継がれて来た。その時に上げた戦果で王様からもらった土地だ。土地は手放さない。それが、欧米の多くの国の哲学なんだ。イギリスでは相続税がそう高くはないし、生前贈与であれば無税だ。システムを巧く利用して、ご先祖様が残してくれたものをありがたく引き継いでいくのさ。

それにしても、ものすごい昔の話だ。日本はまだ平安時代。頭の中を蹴鞠のイメージがぽーんと飛んでいく・・・それって記録が残っているの?そうなんだ、うちのファミリーはPack Rat(モリネズミ)だから。なんでも蓄える習性があるってことだ。家に蔵があって、家系図を始めとする文献がけっこうあってな。近所の大学生をバイトに動員して、整理してもらい、色々判ったことがあったんだ。

記録は大切だぞ。「そこに確かに存在したこと」になるからな。親戚に、Aunt Gypsyのあだ名で通っていた叔母がいた。遠い親戚だ。ある日、Aunt Gypsyが亡くなったと聞いて親戚で集まったはいいが、誰も彼女の本名を知らない。家も知らない。その名のとおりジプシーな人だったから!Aunt Gypsyは、私の記憶の中にはいるが、記録ではない。だから、真に伝えていくことは残念ながら叶わないんだ・・・

あのさ、リチャード。先の週末、我が家を揺るがす事件があったんだ。娘が「しでかし」てさ。土曜の朝、子供部屋からワイフの悲鳴が上がった!あわてて部屋に駆けつける。そこには・・・髪の毛・・・大量に床に散乱して・・・自分の髪の毛をハサミで切りこみ、こけしみたいな髪型になって座り込んでいる娘の変わり果てた姿があってさ!

ははは、ケン、Anne of Green Gables(赤毛のアン)も髪の毛をグリーンに染めてしまったことだってある!どうってことはないさ。むしろ、語り継げるファミリーストーリーができたんだから良かったじゃないか!そうやって今朝もおおらかに笑う御大なのだった。


(あとがき)
英語を教えていた生徒さんが日本に帰国されるので、リチャードは今日が最後のレッスンでお役御免となり、もううちのマンションには来なくなるとのことでした。

しばらく会えなくなるが、今度出張でアメリカに行く機会があったらウィスコンシン・チーズを買って来てくれ。大好物なんだよ、と頼まれました。がっちり握手を交わしながら。

いつかアメリカに出張で行くことがあったら、その時はそのチーズを買って帰って、またリチャードに会って、よもやま話をしたいです。いや、ほぼ僕があなたの話を聞いてるだけ、ですけどね。

それまではこのリチャード・シリーズ、しばしのお別れです。
ご愛読ありがとうございました。

画:久保雅子 www.masakokubo.com/

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