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やわらかな日差しに包まれた5月の風


さっきまでの話は何だったのか。
自分が悪いわけではないのに謝罪に追い込まれた。

「本当に申し訳ございませんでした」
頭を下げながら、僕は心の中で、
(おい おい おかしいだろ)
と相手に突っ込みをいれた。

相手は僕の謝罪の言葉を聞いて納得したのか、
「わかっていただければいいんですよ」と
急に笑顔になって席を立ち、そのまま部屋を出て行く。
僕は最敬礼したままドアが閉まる音を聞いたあと、椅子に深く腰かけた。

はあー、全身の力が抜ける。
結局、僕が悪者か。

相手と入れ替わりに、事務の女性が部屋に入ってきた。
うなだれている僕を見て、
「大丈夫ですか?」
と声をかけてくれる。
「……ああ、はい、大丈夫です」
と言ったつもりが、ほとんど声にならない。

女性は少しとまどいながら、ハンカチを差し出してくれた。
なぜハンカチを貸してくれるのだろう。
不思議に思いながら受け取ると、僕の目からこぼれ落ちた涙のしずくがハンカチの上に落ちた。
泣いている自分に自分で驚きながら、僕はすぐにハンカチを彼女に返す。
「だっ、大丈夫です。すみませんでした」
急いで自分の背広のポケットからハンカチを出そうとするがハンカチがない。
慌てて部屋のテーブルの上に置いてあったティッシュの箱からティッシュを2枚取り出した。

「あの……みっともないところを見せてしまい、すみませんでした」
涙を拭ったティッシュを背広のポケットにしまう。
彼女は何も言わず微笑んで、僕にお辞儀をしてくれた。
「よかったら、どうぞ」
そう言って、彼女がお茶を差し出す。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
彼女は、もう一度丁寧に僕にお辞儀をすると、静かに部屋を出て行った。

誰もいなくなった部屋で、僕はひとりお茶を飲む。
さわやかなお茶の香りが部屋の中に漂う。飲み終えてから「よし」とつぶやき、湯飲み茶わんを持って部屋を出た。

机に座っていた彼女と目が合う。
「お茶おいしかったです」僕がお礼を言うと、
「よかった、今日のお茶は新茶なんですよ」彼女が笑う。
「そうなんですね。それは、ついてたな」

さっき飲んだお茶のまろやかな甘みを思い出しながら、やわらかな日差しに包まれた5月の風が心の中に吹くのを僕は感じていた。



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