hideyukihideyuki

音楽はJAZZやPROGRESSIVE ROCKが好きです。芸術など美しいものが好きで…

hideyukihideyuki

音楽はJAZZやPROGRESSIVE ROCKが好きです。芸術など美しいものが好きです。最近は写真を撮るのが趣味です。

マガジン

最近の記事

2024年3月28日永田右京(TS)LIVE

もう3月も終わりだというのに気温は低く、雨が降っており肌寒かった。2日前にアニメ映画「BLUE GIANTS」を観て、そろそろ永田右京がアメリカ留学から帰ってくるころだとあわてて彼のライブ情報を観た。3月28日なんと明石にてLIVEがあるではないか。早速予約した。 できるだけ永田右京のLIVEは都合がつく限り行こうと決めていた。私はかれの人間性、音楽観、そしてテナーの一音一音が大好きである。私の実の息子と年が近いこともあり彼の才能にできるだけ投資したいと考えていた。 行きやす

    • 私のヘビメタ遍歴(アイアンメイデンコピー編)

      1989年になった。 大学生活もそろそろ終わりに。回りは早々と就職活動に。私はまだ音楽をやめることができなかった。 軽音楽サークルも4年になれば実質引退。サークルのイベントは最終コンサートで終わりだった。 私は最後に念願の尊敬するバンドのコピーバンドをやりたかった。 アイアンメイデン。 私はベースギター。尊敬するベーシストはいっぱいいる。でも頂点はスティーブハリスだ。真似た。練習した。彼みたいになりたかった。 アイア

      • ほなみさん(バーレスク大阪)と山口小夜子さん

        初めて人に会い、「この人どこかで見たことある」と思ったことはないであろうか。 私は初めてバーレスク大阪のほなみさんを見たときそう思った。 誰かに似ている。 どこかで見たことある。 しかし私は誰か思い出せない。 1977年発売のスティーリー・ダンのアルバム「AJA(彩)」のジャケットに採用された世界的モデルの山口小夜子さん(1949年~2007年)。日本人女性の美しさを表現し「日本人」ブームを引き起こした。 スティーリー・ダンは若いころ聴きまくった

        • 最近聞いたアルバムで凄く感動したANEKDTEN [暗鬱 Vemod ]

          私としたことが。こんなキングクリムゾンテイストのバンドを放置していたとは。とにかく今は聞きまくった。 とにかくジャケットがブラックサバスに似ている。 "Karelia" – 7:20 フィンランドの南東部からロシアの北西部にかけて広がる森林と湖沼の多い地方の名前である。そこに住む人たちのことをカレリア人と呼ぶ。北欧の得体のしれぬ土地にたたずむ老人と人形。えげつない様式美であろうか。 なんとも寂しげな冒頭。2重に重なりとても悲しげなスタートに。やがてデストーションあふれるサウ

        2024年3月28日永田右京(TS)LIVE

        マガジン

        • ハードロック&ヘビーメタル同好会
          7本

        記事

          私のヘビメタ遍歴(バンド活動編)

          1988年。私は21歳になっていた。作詞、作曲のストックも増えてきてバンド活動は円熟になっていた。ライブ活動もそれにともない多くなってきた。東京、大阪から小倉に来るバンドの前座などを務めるようになっていた。我々のバンドを常連的に観に来る「ファン」も一定数多くなってきた。そのころ出演にはチケットを裁かないといけない。いわゆる客寄せである。最初は自腹を切っていたが3か月ぐらいすると「ファン」が担当してくれるようになった。手元にいくらか残るようになってきた。 そんな折にギターの小島

          私のヘビメタ遍歴(バンド活動編)

          バッハ「マタイ受難曲」を聴いて

          これほど衝撃を受けたクラシック曲はない。キングクリムゾンの「宮殿」、イエスの「危機」、ジェネシスの「フォックストロット」、ELPの「展覧会の絵」、ピンクフロイドの「原子心母」を聞き漁った20代の時。曲の背景を調べるのに必死だった。 たまたまユーチューブ見ていたら約3時間にも及ぶ投稿があったので興味深くなりなんとなく見た。バッハといえばリッチーブラックモアも敬愛する「音楽の父」である。この「マタイ受難曲」はバッハの最高峰との評価があった。ますます興味を持った。私はキリスト教信者

          バッハ「マタイ受難曲」を聴いて

          +26

          一人旅 倉敷偏

          一人旅 倉敷偏

          +25

          Left Alone/ Mal Waldron

          先日、ファンであるサイバージャパンダンサーズの「 ファン感謝祭」に行ってきた。渋谷にあるクラブだ。若い頃この辺でよく遊んだ。 ある日株で大損し、クラブに行く気にならずこの近所のバーで1人飲んだ。古びたさすがに綺麗とは言い難いバーだ。マスターは50歳くらいか。今の私より少し若いくらい。無愛想だ。私が店に入ると おそらく 常連だっただろうか そんな客が 会計を済ませて 店を出て行った。 私はカウンターに座った。 ジャックダニエル のストレートとチェイサーを頼んだ。 当時 私は

          Left Alone/ Mal Waldron

          渡辺加苗 論

          今、私が敬愛して止まない「推し」が約1時間に渡ってテレビに出演していた。すごく美しいなあ❗見てるだけで….。 それはひとまずおいて。 「推し」 最近よく使われる言葉だ。会社の若い後輩が「推し活」などと話しているのを聴いた。 https://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-202307_01.pdf うん、確かに彼女を人に推薦したい、大勢の仲間と応援したいと思う今、彼女は「推し」である。 恥ずかしながら、私のような「おっさん」は色目で助平心丸出

          渡辺加苗 論

          歌謡曲から「昭和」を読む (NHK出版新書) を読んで

          本名・中西礼三。作詞家、作家。1938年(昭和13年)9月2日、満州(現中国東北部)牡丹江市生まれ。「人形の家」(弘田三枝子)「まつり」(北島三郎)をはじめ多くのヒット曲を手がけ、「兄弟」「赤い月」などの小説でも高く評価される。2020年没(82歳) 作詞家のなかにし礼さんの本を図書館でかりた。歌謡曲と昭和。冒頭に「歌謡曲は死んだ」と書かれていた。「歌謡曲」=「流行歌」で「ヒットを狙って売り出された商業的な歌曲、多様なジャンルを包括する」と定義されている。よく意味が分からな

          歌謡曲から「昭和」を読む (NHK出版新書) を読んで

          私のヘビメタ遍歴(バンド結成編)

          大学に入学し私は軽音楽部に入った。髪の毛は肩まで伸びて、ジージャンを着て入学式に出た。サークルは新入生は皆しつこく勧誘を受けているのに、私はどこの部、サークルにも無視された。挙げ句の果て新入生に先輩はどこのサークルですかと聞かれる始末。 それはさておき、1年生組はたしか私を含め13人ほどサークルに入部していた。ヘビメタ組はほとんどいなかった。ドラムの高松は高校時代もバンド活動をやっていてvowwowやディープパープルがすきだった。私はバンドをやってない初心者だというと苦笑され

          私のヘビメタ遍歴(バンド結成編)

          +10

          明石 魚の棚2024.1.21

          明石 魚の棚2024.1.21

          +9

          2024年1月2日箱根駅伝 大森海岸付近

          2024年1月2日箱根駅伝 大森海岸付近

          +5

          2024年1月19日神戸ルミナリエ メリケンパーク

          2024年1月19日神戸ルミナリエ メリケンパーク

          +4

          2024年1月18日 永田右京カルテットライブ (神戸100BANホール)

          永田右京さんは12月に明石POCHIにて知り合いになった。私の息子と同じくらいの年齢である。今回はリラックスして音楽を聴こうと思い神戸にやってきた。初めての会場である。私は生まれも育ちも神戸育ちであるがこの高砂商会ビルは2年前にベーシストの権上さんのライブで初めて来た。 ちょうど近くの東遊園地では神戸ルミナリエの点灯式を行っていた。少しの時間足を運んだ。4年ぶりの開催だという。そう地震から29年たった。この町は無茶苦茶に破壊された。そして不死鳥のごとく蘇った。光が犠牲者の鎮

          2024年1月18日 永田右京カルテットライブ (神戸100BANホール)

          2024年1月11日 村田浩&THE BOP BAND AT AKASAKA ビーフラット

           私はTBSでよく仕事をしていたので、この赤坂の土地はなじみだ。新橋から銀座線で赤坂見附でそこから約7分坂道を登る。赤く目立つライブハウスだ。  AKASAKA ビーフラット。  前のオーナーが急逝し今は山野楽器が運営している。  ワンドリンク、ワンフードの注文が必須なので私はハイボール、チーズの乗り合わせを頼んだ。  本日は運よく出張と重なり東京へ来ることができた。  12月30日の白楽のライブに引き続き幸運だった。最初の頃と違ってやはり村田先生のライブは緊張する。最初は

          2024年1月11日 村田浩&THE BOP BAND AT AKASAKA ビーフラット