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魂のまなざし/アンティ・ヨキネン監督

アンティ・ヨキネン監督の「魂のまなざし」を見る。

フィンランドの国民的画家ヘレン・シャルフベック(1862-1946)のことはあまり知られていないのかもしれない。自分は 2015年に日本で初めて紹介された「ヘレン・シャルフベック―魂のまなざし」展を東京藝術大学美術館で見ている。タイトルの「魂のまなざし」はここから取られているはずだ(原題はHELENE。リンクは神奈川県立近代美術館のものから)。

ヘレン・シャルフベックは18歳でパリに留学し、絵画の最新の動向に触れ精力的な創作活動を行う。フィンランドに戻り教鞭を取るが体調を崩し、母親とともに田舎町ヒュヴィンガーに引きこもり自らの制作に没頭する。それから15年、職業画家としては半ば忘れられた画家となっていたシャルフベック(ラウラ・ビルン)のもとに画商のヨースタ・ステンマンが訪れ、埃を被った作品を多数買い上げる。1913年のこと。

1915年、森林保護官であり画家で作家であり、またシャルフベック作品の崇拝者でもあったエイナル・ロイター(ヨハンネス・ホロパイネン)が彼女のもとを訪れる。彼女もすでに50歳を超えているか。この出会いは画家として、さらには彼女自身にとっても人生の大きな転機となるわけだが、その後晩年へと向かうシャルフベックの生きざまが映画での中心的なテーマとなる。二人が交流を深めるなか、シャルフベックは15歳下のエイナルに好意を抱くようになる。

対象を深く見つめるまなざしは、その対象を愛することと等価である。画家とは基本的にそういう生き物なのだ。だからこそ自分の愛する人には自分と同じ風景を感じて欲しいと考える。だが、エイナルにはそのことがよく分からない。結局のところエイナルは年若い女性と婚約し、結婚する。画面を指先でなぞれば愛しい気持ちが溢れてしまう。彼女の魂は、自画像に盛られた油絵の具を、ペインティングナイフで削り取る。

シャルフベックの時代のフィンランドは、ロシア帝政下にあって、祖国の独立を求めた内戦の時代でもあった。また、女性が画家として生きていくこと、いや女性が女性として生きていくことすら難しい、そんな時代であった。映画では母親の抑圧に抵抗する彼女の姿が描かれ、また男尊女卑の強く残る日常の、例えば食事を取り分ける順序に、さらには女性が自分の収入の管理すら主導できない現実に苛立ち、抵抗し、描き続けた。

シャルフベックはストイックに彼女の愛を貫き、エイナルとの友情は壊さぬまま、独身でその生涯を終えた。もっとも彼女の人生は全くの孤独であったわけではない。作品制作のかたわら、友人ヘレナ・ヴェスターマルク(クリスタ・コソネン)、またエイナルに対しても手紙を書き続け、大量に残されたそれらの言葉から、彼女の色彩や形態に向けられた「魂のまなざし」を知ることだろう。エイナルの方もまた、何期にもわたり「ヘレン・シャルフベック」の伝記をまとめ上げたという。

アンティ・ヨキネン監督の撮すフィンランドの美しい風景と、シャルフベックを演じるラウラ・ビルンの佇まいが実に素晴らしい。ヘレン・シャルフベック自身の写真は残っていて、必ずしもそれが演者の容姿と似ているわけではないが、キャンバスの前で佇む姿や、パレットナイフで色を混ぜ合わせる仕草などが卓越している。

監督:アンティ・J・ヨキネン  
出演:ラウラ・ビルン | ヨハンネス・ホロパイネン | クリスタ・コソネン


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