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【書籍】田坂広志氏の知性論:21世紀のリーダーに必要な7つの知性ースーパージェネラリストの本質

 田坂広志『知性を磨く~「スーパージェネラリスト」の時代~』(光文社、2014年)を拝読しました。ちょうど、「いまのたかの組織ラジオ」で取り上げられたところです。私も田坂広志氏は以前から大好きで、諸々勉強させていただいていますが、本書も再読しました。人事としても考えるところが多い書籍です。

 改めて、本書は田坂広志氏による「知性を磨く」をテーマにした著書で、現代社会に求められる新しい知性のあり方について深く掘り下げています。著者は、従来の知識偏重や専門性重視の考え方から脱却し、より統合的で実践的な知性の重要性を説いています。


真の「知性」とは?

 真の「知性」の定義から始めます。それは単なる知識の蓄積や高い学歴ではなく、「答えのない問い」に粘り強く取り組み続ける能力だとしています。この定義は、現代社会が直面する複雑な問題に対処するために必要不可欠な能力を示唆しています。著者によれば、真の知性とは、容易に答えの見つからない問題に対して、決して諦めず、その問いを問い続ける力です。これは、単に「正解」を求めるのではなく、問題の本質を深く理解し、多角的な視点から考察を重ねる能力を意味します。

スーパージェネラリスト

 「スーパージェネラリスト」は、本書の中でも重要な概念です。これは、複数の専門分野の知識を深く理解し、それらを効果的に統合できる人材を指します。スーパージェネラリストは、専門家同士のコミュニケーションを促進し、複雑な問題に対して多角的なアプローチを可能にする重要な役割を果たします。

 スーパージェネラリストに求められる7つのレベルの知性(思想、ビジョン、志、戦略、戦術、技術、人間力)は、核心部分です。著者は各レベルについて詳細に解説し、これらを垂直統合することの重要性を強調しています。

  1. 思想
     思想を未来を予見するための方法論として捉えています。例えば、弁証法や複雑系の思想を学ぶことで、社会の変化の法則性を理解し、将来の展開を予測する力を養うことができるとしています。

  2. ビジョン
     ビジョンは、未来に対する客観的な洞察力を指します。著者は、ビジョンを単なる願望や目標と混同しないよう警告し、「これから何が起こるのか」についての冷静な分析と予測を強調しています。


  3.  志は、ビジョンに基づいて「どのような未来を実現したいか」という個人や組織の意志を表します。著者は、志と野心の違いを明確にし、真の志は自分一代では成し遂げられないほど大きな目標を持つことだと説いています。

  4. 戦略
     戦略を「戦わないための思考」と定義し、無用な争いを避けつつ目的を達成する方法を考えることの重要性を強調しています。また、環境の急激な変化に対応するため、「山登り」から「波乗り」へと戦略思考のパラダイムシフトの必要性も説いています。

  5. 戦術
     戦術レベルの知性では、「想像力」と「反省力」の重要性が強調されています。著者は、具体的な状況をシミュレーションする能力と、実行後の徹底的な振り返りの重要性を説いています。

  6. 技術
     技術は単なる知識ではなく、経験を通じて得られる「智恵」であると著者は主張します。この「智恵」を効果的に獲得するための「反省の技法」や「私淑の技法」について詳しく解説しています。

  7. 人間力
     人間力は、自分の心、相手の心、集団の心の動きを感じ取る能力と定義されています。著者は、この能力を磨くためには、自己の内面を深く見つめる「内観」の実践が不可欠だと説いています。

 田坂氏は、これら7つのレベルの知性を垂直統合することの重要性を強調しています。つまり、深い思想に基づいたビジョンを持ち、それを実現するための戦略と戦術を立て、必要な技術を駆使しながら、高い人間力で周囲を巻き込んでいく―このような総合的な能力が、現代のリーダーには求められるのです。

多重人格のマネジメント

 さらに著者は、「多重人格のマネジメント」という概念を提示します。これは、状況に応じて適切な「人格」や思考モードを柔軟に切り替える能力を指します。この能力により、様々な場面で最適なパフォーマンスを発揮することが可能になります。

その他、まとめ

 本書では、知性を磨くための具体的な方法にも多くのページが割かれています。著者は、単に本から得る「知識」だけでは不十分であり、実際の経験から学ぶ「智恵」を身につけることの重要性を強調します。この「智恵」は、言葉では表現しきれない暗黙知的な要素を含んでおり、真の問題解決能力や創造性の源泉となります。

 21世紀の知性のあり方について、著者は従来の「解釈」中心の知性から「変革」を志向する知性への転換を提唱しています。つまり、世界を単に理解するだけでなく、積極的に変えていく力を持つべきだという主張です。これは、複雑化する現代社会の諸問題に対して、より能動的かつ創造的なアプローチを取ることの必要性を示唆しています。

 本書の重要なメッセージの一つは、従来の専門分野に閉じこもる姿勢からの脱却です。著者は、複雑化する現代社会の問題は、単一の専門分野の知識だけでは解決できないと主張します。代わりに、分野を超えた統合的な思考が求められると説き、異なる分野の知識や視点を柔軟に組み合わせる能力の重要性を強調しています。

 最後に、著者はこの新しい知性観に基づく人材育成が、現代社会が直面する様々な問題の解決につながると主張しています。環境問題、経済格差、テクノロジーの急速な進歩がもたらす倫理的問題など、従来の専門分野の枠組みでは対処しきれない課題に対して、スーパージェネラリストの統合的なアプローチが新たな解決策をもたらす可能性を示唆しています。

 本書は、読者に自身の知性のあり方を見直す機会を提供するとともに、組織や社会全体の知的能力の向上についても深い洞察を与えてくれます。現代社会を生きる全ての人々、特にリーダーシップを発揮する立場にある人々にとって、示唆に富む一冊と言えるでしょう。

人事の視点から考えること

 人事の視点から、「知性を磨く」の概念を考えると、以下のような重要なポイントが考えられます。これらの視点は、現代の組織が直面する複雑な課題に対応するための人材育成と組織開発に大きな示唆を与えてくれるでしょう。

  1. 人材育成の新しいアプローチ
     従来の専門知識や技能の向上だけでなく、「スーパージェネラリスト」を育成することが重要になります。人事部門は、社員が複数の分野の知識を獲得し、それらを統合する能力を養成するためのプログラムを開発する必要があります。これには、部門横断的なプロジェクトへの参加、異業種交流会への参加奨励、社内での学際的な勉強会の開催などが含まれるでしょう。また、オンラインラーニングプラットフォームを活用し、社員が自主的に幅広い分野の知識を学べる環境を整備することも効果的です。

  2. 評価基準の見直し
     7つのレベルの知性(思想、ビジョン、志、戦略、戦術、技術、人間力)を考慮に入れた新しい評価システムの構築が求められます。単なる業績だけでなく、問題解決能力や創造性、リーダーシップなどの多面的な評価が必要になるでしょう。例えば、360度評価に加えて、プロジェクトの成果だけでなくそのプロセスにおける思考の深さや多角的な視点の活用度合いを評価する項目を設けることが考えられます。また、長期的な視点での貢献度や、組織全体への影響力なども評価の対象とすべきでしょう。

  3. 採用戦略の変更
     新卒採用や中途採用において、専門知識だけでなく、多様な経験や視点を持つ人材を発掘することが重要になります。面接プロセスも、候補者の統合的思考能力や適応力を見極めるものに変更する必要があるかもしれません。例えば、複数の専門家によるパネルインタビューを導入し、異なる視点からの質問に対する応答力を評価したり、仮想的な問題解決シナリオを提示して、その対応力を見極めたりすることが考えられます。また、従来の学歴や職歴だけでなく、副業経験やボランティア活動なども積極的に評価の対象とすべきでしょう。

  4. キャリア開発の新しい形
     社員のキャリアパスを、単一の専門分野でのスキルアップだけでなく、複数の部門や職種を経験させることで、幅広い視野と統合的な思考力を養成する方向に設計し直すことが考えられます。例えば、3年ごとの計画的な部門異動や、短期的な部門間交換プログラムの導入、さらには外部組織との人材交流なども効果的でしょう。また、社員が自身のキャリアを主体的に設計できるようなキャリアカウンセリングの充実も重要です。

  5. 研修プログラムの刷新
     「智恵」を獲得するための「反省の技法」や「私淑の技法」を取り入れた研修プログラムの開発が必要です。また、「多重人格のマネジメント」を学ぶための新しいリーダーシップ研修も検討すべきでしょう。具体的には、ケーススタディを用いた反省会の実施、成功・失敗体験の共有セッション、メンターシップ制度の導入などが考えられます。さらに、マインドフルネスやコーチングの手法を取り入れ、自己理解と他者理解を深める研修も有効でしょう。

  6. 組織文化の変革
     専門性を重視する文化から、統合的思考や創造性を尊重する文化への転換を促進する必要があります。これには、経営陣の理解と支援が不可欠です。例えば、部門を超えた協働を奨励する表彰制度の導入、創造的な失敗を許容する風土づくり、オープンイノベーションの推進などが考えられます。また、社内のコミュニケーションツールを活用し、異なる部門間の情報共有や意見交換を活性化させることも重要です。

  7. チーム編成の新しいアプローチ
     プロジェクトチームの編成において、異なる専門性や経験を持つメンバーを意図的に組み合わせることで、多角的な視点と創造的な問題解決を促進することができます。例えば、技術部門と営業部門のメンバーを組み合わせた新製品開発チームの編成や、若手社員とベテラン社員を組み合わせたタスクフォースの結成などが考えられます。また、チーム内での役割を定期的にローテーションさせることで、メンバー全員が多様な視点を身につける機会を提供することもできるでしょう。

  8. メンタリングプログラムの重要性
     著者が強調する「私淑」の概念を活かし、若手社員と経験豊富な社員をマッチングさせるメンタリングプログラムの充実が求められます。このプログラムでは、単なる業務知識の伝達だけでなく、思考プロセスや価値観の共有、キャリア形成に関する助言など、幅広いテーマでの対話を促進することが重要です。また、メンターとメンティーの関係を固定化せず、状況に応じて柔軟に組み合わせを変更することで、より多様な学びの機会を提供できるでしょう。

  9. 「知性」を育む環境づくり
     社員が「答えのない問い」に取り組む機会を積極的に提供し、失敗を恐れずに挑戦できる環境を整えることが重要です。例えば、業務時間の一定割合を自由な探求活動に充てる制度の導入や、社内ベンチャー制度の充実、外部の専門家や異業種の人々との交流会の開催などが考えられます。また、物理的な職場環境も、偶発的な出会いや対話を促進するようなデザインに変更することで、新しいアイデアの創出を支援できるでしょう。

  10. グローバル人材育成への応用
     国際的な視野と多様な文化への理解を持つ「グローバル・スーパージェネラリスト」の育成も、今後の人事戦略の重要な課題となるでしょう。これには、海外赴任や短期派遣プログラムの充実、多国籍チームでの協働機会の提供、オンラインを活用した国際交流プログラムの実施などが含まれます。また、語学力だけでなく、異文化理解力やグローバルマインドセットの養成にも力を入れる必要があります。

 これらの視点を取り入れることで、人事として、組織全体の知的能力の向上に大きく貢献し、企業の競争力強化につながる人材育成を実現できる可能性があります。ただし、これらの施策を実施する際には、組織の現状や文化、業界の特性などを十分に考慮し、段階的かつ戦略的に導入していくことが重要です。また、これらの取り組みの効果を定期的に測定し、必要に応じて改善を加えていく柔軟性も求められるでしょう。


「スーパージェネラリスト」のコンセプトを表現しています。さまざまな分野の人々が集まり、知識を統合しながらアイデアを共有する様子が描かれています。知性と創造的なコラボレーションのシンボルである中央の輝く脳が特徴的ですね。柔らかなタッチで、知的なシナジーと協力の雰囲気が伝わってきます。



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