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薫・・「かおる」の日常

薫はまもなく三十路を迎える。
世間で言う「アラサー」というやつだろうか、
「結婚」は、願望はあるし、何かの進展があれば、
それはある意味「現実性」はある。

 しかしながら、薫には、どうしてもまだ超えられない
心のハードルがあった。

・・たぶん、あたしの生育歴・・・。
薫は、ベッドに仰向けに転がって、
天井を見ながら、ふっと自分の心の中のタイムマシーンに乗った。

薫は、厳しい親の元に育った。

 薫は、クラスの中では妙な「特別観」のある存在だった。 

妙に「大人びていた」というのが大きな理由だった。
たしかに、薫は自分の「早熟」になんとはないいらだちを感じていた。
なぜなら、自分はいつも「思春期」の男生徒の
「性的な象徴」みたいな感じで見られていたからだ。

小学校の中学年でもう初潮を迎え、中学校に入ったばかりなのに
もう、ブラジャーをしなくては、胸が目立ってしまうのだ。
夏服に替わった今は特に、背中に浮いた下着の線が、
どうしても目立ってしまうのだ。
それが、性欲の塊のような男子生徒の好奇の目が自分に集中する。

それが、たまらなく不快だった。

自分の周りにまとわりつく、
うっとうしい蟲のような「視線」が自分に常に晒されている
そういう不快感とも優越感とも、
また、根拠のない満足感のような複雑な心境がない交ぜになって、
薫の心を常に不愉快な気持ちにさせていたのだった。

「なんなのだ、こいつらは・・。」

薫は、どちらかといえば「おとな」の男性にあこがれていた。

 そんな中、薫のクラスに、一人の「若いおとなの男性」が現れた。

「はじめまして、教育実習生の岡本です。
学級経営の実習で、3週間、B組付きになります。
みなさん、よろしくお願いします!。」

薫は、うっとりとした目で岡本教生を見つめていた。

大学生はやはり斜め上でいう「おとな」だった。
周りのクソガキの延長線にいる男子とは、雲泥の差の魅力だった。
大人であって大人でない、そんな微妙な魅力があったのだ。

 薫は積極的に岡本教生に近づいた。
毎回のように個別に質問に行った。
そのために、予習や積極的に発言もした。
こんなに勉強したのは初めてだった。

 未熟な教育実習生の岡本にしてみれば、
本当に頼りになる生徒として、薫は認識された。
当然、周りの女子から反発を招いたのは、自然の流れだった。

 それはわかっていたのだが、
どうしても自分の心の衝動には逆らえなかった。

「なんとかして、岡本先生のためになりたい。」

その一点しか、薫の心にはなかった。

結果・・。

薫は岡本の人生を狂わせる結果を生み、
また、彼女自身も、「問題児」の十字架を背負ってしまったのだ。

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 「ふう・・・・。」
天井の照明の影を見ながら、薫はため息をついた。

・・・ただ、心のままに行動して、それが周りとぶつかった。・・
あれから、ずっと同じ事を繰り返してきた。

そして、今も・・・。

薫は起き上がり、膝を抱えた。 タイムマシーンから降りた。

メールが届いていた。

==なんとか都合が付いた、明日逢えるよ==

5分タイムラグをおいたあと、薫は返信した。

==うれしいです、楽しみ==

メールの相手は・・・。

だけれど、薫はまた宙を見た・・・

「たぶん。また一つ、誰かの未来をつぶす・・・。
あたしは誰も幸せにはできないし、
あたし自身も永遠に幸福になることはない・・。」

独り言に近い、ため息交じりの言葉だ。

「味方」がほしい・・。
自分に「子ども」がいれば、その子は自分の味方になる。
そんな話を聞いた事があった。

そうか・・あたしだけを見てくれる存在。
それがほしいのだ。

薫は、ふっとそんな事を思っていた。


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