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旅の目的地になる店

これは黒磯の CAFE SHOZO の菊地さんが、どういう想いでカフェをつくったかを語っていたときの言葉。

たとえば隣町の人が今日一日、何もなく終わってしまうというとき、ふと「SHOZO に行ってコーヒーを飲もう」と思う。その瞬間に生まれた、小さなワクワク感が、すでに旅なんだということ。カフェに行く、そのことで日常プラス1になる。

雑誌で目にし、あぁ私がやりたいこともこういうことかもしれない、と何か腑に落ちた気がした。

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私はパン屋を始める。
ただ、パンにかける想いみたいなものはない。
もちろん美味しいパンを作りたいし、届けたい。美味しいと食べてくれることはとても幸せだと思う。
でも、誰よりも美味しいパンを作りたいとか、食品ロスを減らしたいとか、アレルギーがある人でも食べられるようにとか、、いわゆる、そういった熱い想いみたいなものはない。

私はパンが好きだ。作るのも好き。食べるのも好き。店で買うパンも好き。でも暮らしたい街に食べたいパンを売っている店はない。なら自分で作るしかない。それがパン屋をやる理由。だから売るのは、売れるパンではなく、私が食べたいパンになる。

自分はパン屋を通して何がやりたいのだろうか。なんでも良かったわけでもないけど、パンでないとダメだったわけでもない。でもここでやりたいと思う。なぜだろう。
事業計画書を書き始め、最初の創業理由で手が止まる。進まない。

そんなときに出会ったのが、SHOZO の「旅の目的地になる店」だ。

SHOZO のことは、青山の路地裏にある小さい店舗で知っていた。珈琲やお菓子は何度か食べたことがある。小さくて素敵な店だ。でも黒磯、那須の店は行ったことがなかった。
雑誌で菊地さんのことを知り、店に行きたくなった。SHOZO で知った黒磯という街に行ってみたくなった。なら実際に行って感じるしかない。
というわけで、黒磯へ行くことにした。旅の目的地として。

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少し脱線するが、以前の私の旅の目的地は名所だった。多くの人がそうなのではないだろうか。観光名所となっている自然、歴史に触れ、見て、感じて、体験して、写真に残す。スケジュールを立て時間で区切って旅をする。楽しいし面白いのだけど、旅が終わるとなんか疲れている。非日常を味わって疲れを癒やしに行ったはずなのに、逆に疲れていることも少なくない。

それが、妻と旅して変わった。
妻に行きたいところを聞くと、いつもカフェや店ばかり。観光はちょっとでいい。名所だって、近いなら寄ろうか、程度。観光ばかりだった私にはなかった考え方だった。
目的地も多くはなく、行けたら行くスタイル。時間に縛られない。居心地が良ければそのままずっとそこにいることも多々。売っているモノや提供されるモノだけ見れば、東京にだって似たような店はある。でも、知らない街の知らない店で選んだり、カフェでゆったりと持ってきた本を読んだり。

なんだかそれはものすごく贅沢な気がした。こういう旅もいいなと。

だから黒磯への旅の目的地がカフェなのも自然な流れ。東京から黒磯へ、鈍行でのんびり揺られながら向かった。

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黒磯に降り立って感じたのは、どこにでもある田舎町。
でも SHOZO のある付近まで歩いていくと、雰囲気の良いお店がちらほら。小さな商店街のよう。

SHOZO の店内は落ち着く雰囲気。レトロな家具。美味しい珈琲。すぐに私たちはファンになった。
どれぐらい過ごしただろう。3時間ぐらいいた気がする。笑
本を読んだりボーッとしたり、どういう店を作ろうかと話したり。一日いられる気がした。

周囲には同じ系列の服屋、雑貨屋、アンティークの店。すぐ近くには本屋や花屋も。人は多くはないけれど、ちょうど良い感じ。

菊地さんは「通りをつくりたい」とも語っていた。
空き店舗を改装し、店をやりたい人を呼ぶ。
カフェがものすごく良くないとできないことだけれど、この店ならそれができるだろうと感じた。本当に凄い。いちカフェから、こうやって街をつくるという考え方もあるのだと知れた。

私たちが始める店は住宅街にある空き家だ。住宅街というか周りは田畑ばかり。市街地からも離れている。黒磯とは違う。
それでもここでやりたいと思ったのは、SHOZO の影響が大きいと思う。

カフェではなくパン屋だが、行きたいと思える場所、目的地となる場所にすることができれば、きっと人は来てくれる。
それを体現していけば、同じような想いを持った人が集まる。
そしてそれがまた人を呼ぶ。
店を担う人、そこで働く人だけでなく、こんな店があるなら住みたいなとか、そこで暮らしたいと思えるような、そんな街づくり。ささやかだけど、毎日が楽しみになるような、そういう場所が作りたい。

今は地方を元気にするというと、観光名所や名産をアピールすることが多い。あるものを工夫する感じ。私はそういうことは得意ではない。名産品を使って外向けのパンや映えるパンを作るみたいなことも、あまり興味がない。
私が作りたいのは、日々の食事としてのパン、頬張ると幸せになる季節を感じるパン。数も種類も多くない。
だから他とはまた違ったカタチで地域に貢献したいし、人に来てもらえるようなことをしたい。そういう場所をつくることで。

空き家を自分たちで改装しているのも、その理由の一つだと思う。
こんなだった家もこんな感じにできるのかと知ってもらいたい。どんどん増えていく空き家をもったいないなぁと眺めているだけでは何もしないのと同じ。まずは自分たちで現実を知るところから。

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私がパン屋を通してやりたいこと。

いつか行ってみたいと思う店をつくる。
実際に訪れて体感してもらう。
後日、インターネットでパンを買い、口にして、いつか行った店、街、土地を思い出す。
そしてまた、訪れる。
その中の誰かが、そこで暮らしたい、そこで何かを始めたいと思う。
そんな場所をつくりたい。そう思ってもらえるパンをつくりたい。
これがやりたいこと。

だから私たちはこの場所で店をする。

遠くなってしまったけれど、また黒磯に行きたい。
那須の店にも後日訪れている。そこは窓から見える木々が素敵な店。季節は少し寒い秋だった気がする。今度は春か初夏に行ってみたい。

鹿児島に移住した今でも、SHOZO の珈琲豆を時々インターネットで購入している。豆を挽いて、味わい、店へ行ったときのこと、雰囲気、黒磯の街、そして東京でのことを思い出す。

実店舗の意味みたいなものが問われている時代だけど、そこへ行ったこと、行くことをモノと一緒に感じられること、それが実店舗の存在意義だと思う。

読んでいただきありがとうございます。